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「原稿用紙1枚で500円はぼったくりだろ……」
息を切らして自宅に辿り着き、最初に漏らしたのがその苦言だった。
あの得体の知れない店主の、言い知れぬ迫力に圧倒されて、怯えて帰ってきたものの、段々と怒りの感情が湧き出ていた。
「しかも虫だって? 気持ち悪い」
原稿用紙に顔を近づけて見てみるが、虫なんてものはどこにも見当たらない。
先程買った原稿用紙を乱暴に机の上に叩きつけた。
「横着しないで駅まで行けば良かった……」
今更後悔したところで、買ってしまったものはしょうがない。
仕方なくその原稿用紙を使うことにした。
一枚しかないからマスは無視して、右上の端から小さな文字で書いていった。
「……ああ、もう! こんなありきたりじゃダメだ!」
いつもの癖で、紙をぐしゃぐしゃに丸めて後ろに放った。
「あっ! 500円もしたのに……はぁ」
ため息をついて、その場に顔を伏せた。
──カサカサ。
静かな室内に、微かに音が鳴った。
嫌な予感がして、耳を澄ます。
──カサカサ。
今度ははっきりと聞こえた。
掃除をさぼっていたせいで、部屋に虫が出たんだろう。
僕は駆除用スプレーを片手に、音の発生源を探した。
──カサカサ。カサカサ。
音の発生源は、先程丸めて捨てたあの原稿用紙の中からだった。
よく見ると、丸まった原稿用紙はカサカサという音と共に、小さく動いている。
中に虫がいる。すぐに丸めたはずなのに、いつのまに入り込んだのか。
『その中には本を食らう虫がいる』
あの文房具屋の言葉が過ぎった。
いやいや、と首を横に振る。
そうこうしていると、音が止んだ。
摘むように持ち上げると、ズシリとした重さを感じた。
軽く振ってみると、微かに金属音が聞こえた。
恐る恐る紙を開くと、そこには100円玉1枚と50円玉1枚の、合計150円が入っていた。
お金を入れた覚えはない。カサカサと音を立てていた虫も見当たらない。
更におかしな点に気がつく。
僕は先程この原稿用紙に、小説を途中まで書き込んでいたはずだ。
そのはずなのに、そこには一文字も書かれていない。
『そいつは話が好物だ。話をやるとそれに見合った報酬をくれる』
そんな空想めいたことが現実にあるはずがない。
しかし、実際に文字がなくなり、代わりに金が入っている。
ものは試しだと、僕は原稿用紙の皺を広げて、先程とは違う話を書いた。
といっても書き出しの2行ぐらいだ。起承転結の起にも至っていない。
書き終わると、丸めて机の上に置いた。
中からカサカサと音がし始めた。
すぐに中を開くと、1行目が途中で消えかけていた。そして1円玉が原稿用紙からするりと落ちて、机の上に転がった。
そのままもう一度、その原稿用紙を丸めた。
またカサカサと音を立て初め、やがて止まった。
今度は音が完全に聞こえなくなったのを確認して、用紙を開いた。
今度は完全に文字が一つもなくなっており、代わりに54円が入っていた。
信じ難いが、この原稿用紙には本当に話を食べる虫が住んでいるようだ。
あの文房具屋は「話に見合った報酬」と言っていた。
ということは、この金は書かれている内容に見合った金額なのだろう。
そうなると、今の僕の小説の冒頭部分はたった55円。最初の話は150円ということになる。
最初から最後まで書いたものならどうなるのだろうか。
文学賞やコンテストに応募する前に、この虫が正当な評価をしてくれるのだとしたら。
僕は次のコンテストに出そうとしていた小説を本の虫の原稿用紙に書いた。
食われてしまうので、別のところに書いていたものを転記した。
自信作だ。優秀賞を取れたとしたら3万円か。準優秀賞だと1万円。佳作でも5千円。
カサカサと虫が食べ切ったのを確認し、中を開いた。
そこに入っていたのは──。
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