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これはチャンス。背中に飛び蹴りをかまして逃げよう。いくら相手がマッチョでも不意を突けばバランスくらい崩すだろう。その隙に全力で走ればこの窮地から逃れられるはず。
ウチは重心を落として疾走からの飛び蹴りを喰らわせる姿勢をとった。
意を決して走り出そうとした瞬間、魚マッチョがポンと手を叩いてコッチを振り向いた。
ウチは地面を蹴った脚の反対側の脚を軸にしてクルリと一回転した。
「くるり〜んポン!」
「……なにやってんだ?」
「いやぁ、なんか回るのにいい夜だなぁ〜って思いまして。あ、一緒にクルンってします?」
くそう。作戦失敗。
「変な小娘だな。オツムの可哀想な子か?」
可哀想な子言うな。パンイチ魚マッチョのアンタには言われたくないやい。
「おい、小娘。なんなのよ!からやってくれる? 仕切り直すからさ。頼むよ」
わざわざ、「なんなのよ!」の部分をウチの口調にして魚マッチョは手を合わせた。
デッカい身体を小さくして頼むものだから、ウチはついつい承諾してしまった。
「あ、はい。では、いきます……。コホン。アンタ、なんなのよ!」
「ギールギルギル! 我は外来魚拡散秘密結社、ウヲツルーゾが魚怪人、ブルーギルギル! この町の漁港にブルーギルの稚魚を放流し、外来魚を拡散するために参上つかまつった! 小娘っ!我の姿と目的を知ったからには生かしてはかえ……」
「ちょい待ちっ!」
ウチは再び平手を突き出して魚マッチョ。改めブルーギルギルのセリフを遮った。
「なんだよも〜。せっかくいい感じだっのにぃ」
「アンタ、ブルーギルの怪人なの?」
「そうだぞ。恐かろう。ひれ伏せ、命乞いをしろ。三分間待ってやる」
ギルギル笑う姿は、ウチにはどう見ても魚マスク被った変態マッチョにしか見えない。というか顔の魚はマスクじゃないのか?
「ここをどこだと思ってんの?」
「どこって……日本だろう」
「そんなことはわかってるわよ!この場所はどんな所か聞いてんのっ!」
「まぁ、のどかな港町だな。潮風が僧帽筋に心地いい。浜辺で筋トレするとさぞや筋肉が喜ぶだろうな」
「そうっ! 筋肉……じゃなくて、潮風っ。潮風はどこから吹くの?」
「そりゃぁ、海だろう。小娘はお勉強の苦手な子なのか?おバカな子なのか」
勉強が苦手なのは否定できないけど、魚面にバカにされると、なんかすっごく腹が立つ。
「もう一度聞くけど、あんたブルーギルの怪人なのよね」
「だから、そう言ってるだろう。しつこい小娘だなあま。何が言いたいんだ、キサマは」
「アンタ、淡水魚じゃん」
「ブルーギルだぞ。当たり前じゃないか」
「ここ、海。塩水。淡水魚、ダメ。絶対」
バッテンポーズをするウチをブルーギルギルはポカンと口を開けて見つめた。そして、海面に視線を向けると、丸い目をさらにまん丸にて再びウチを見たあと、腕を組んでしばらく空を上げた。
それから、ブルーギルギルは「ん〜」と唸りながら足元に視線を落とした。
灯台の灯りが暗い海面を規則正しく照らし、堤防に打ち付ける波の音が満天の夜空に響いていた。
海から吹く風が少しだけ寒く感じる。
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