オレハン 第14話

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それから一週間、勇也は研究所で、空護達はホークギャザードでドラゴンとの戦いに備えていた。  特に勇也は研究所に泊まり込み、朝から晩まで龍介とマンツーマンの特訓を行っている。  今行っているのは、ドラゴンとの仮想戦闘だ。    ドラゴンは体長30mほど、大きな羽と4本の足がある。そのうち、後ろの2本で体を立たせ、前2本で攻撃をしてくる、まるで人間のようだった。  ドラゴンの鋭い爪が、勇也にむかってとんでくる。一度でも喰らってしまえば体が引き裂かれそうなそれを、勇也はなんとか躱す。素早くドラゴンの死角に入り、脚力強化のヴァルフェールにマナを込め、ドラゴンの首を狙うべく飛びかかる。しかし、その攻撃に気付かれてしまい、再びドラゴンの爪が勇也に襲い掛かる。勇也には空中で躱すすべがなく、その爪に自分の体が引き裂かれそうになっているのが見える。勇也は息をとめた。  そのとたん、ぱっとドラゴンの爪が消える。龍介がシミュレーターを切ったのだ。 『シミュレーションは終了です。清水君、こちらへどうぞ』  勇也は乱れた服装を軽く整える。そうしてとぼとぼと龍介のいる小部屋にむかった。 「5戦中5敗…。なかなか厳しい成績ですねぇ…。戦闘技術は上がっているのですが、やはり短期間でヴァルフェールを使いこなすのは難しいでしょうか」  ここ2~3日では、シミュレータールームのドラゴンとの戦闘訓練が始まっている。しかし、体長30mもあるドラゴンを倒すのは簡単ではない。一番の障害はドラゴンの急所にヴァルフェの刃が届かないことである。巨体のドラゴンを倒すには、首を切るのが一番容易い。一目で分かる急所だから。  対策として脚力強化のヴァルフェールを装着したが、付け焼刃ではドラゴンの首には届かなかった。 「まあ、そこまで悲観することではありません。正直、私の想定では勝てると思っていませんでしたから」 「え、もしかして今オレフォローされたんです?そんな酷なフォローあります?」 「いえ、事実を述べたまでです。だから、NO.95は君を戦わせたくなくて、譲歩をしたふりをして条件をつけたんだと思いますよ。上手いことやりましたよね」  更に明かされた事実に、勇也はうなだれる。  慢心していたのかもしれない。きっと空護は、自分に期待していてくれて、でも素直に言えなくて、条件をだしたのだと思っていた。でも、本当は龍介のいう通りなのかもしれない。  勇也がネガティブな思考になるほど、彼はドラゴンに手も足も出なかった。ヴァルフェールを使いこなせない自分では、ドラゴンにかつなんて…。 「とは言っても、君にはドラゴンと戦って、そして勝ってもらわなくては困ります。今日はひとまずおやすみなさい。私も何かいい案がないか考えてみます」 「はい…」  勇也は重い足取りでシミュレーションルームをでた。カツンカツンと響く足音がうっとしい。 「はぁ~」  時間はあまり残されていない。わずかな時間でドラゴンを倒せるようになる気がしない。 でも倒せなければ空護は…。 「おい」  後ろから尊大な口調で声がかけられる。緩慢な動きで振り向くと、そこには1人の青年がいた。  青年は中肉中背で、黒い髪が切りそろえられている。大きな瞳と頭に乗った丸い耳が幼い印象を与える。 「貴様が、10年前の生き残りだな」 「だれですか、あんた」 「僕はクマ種NO.109。貴様に忠告しにきた」  どうやら、研究所にいるビースターのようだった。研究所の地下は、ビースターの研究所となっており、ビースターは地下なら自由に闊歩できるとは聞いていた。しかし、話しかけられるのはこれが初めてだった。 「貴様はこの戦いから手を引け。ただの人間がドラゴンに勝てるわけがなかろう」  NO.109の言葉がぐさりと刺さる。そんなこと言われなくても、痛いくらいに分かってる。 「でも、おれは、先輩に死んでほしくない、から」  だからどれだけくじけそうでも、諦めるわけにはいかない。 「は、何も聞いてないのか?あいつは、どうせすぐ死ぬぞ」  勇也は目の前にいるNO.109が悪魔に見えた。自分を諦めさせるために現れた、悪魔。 そう思わなければ、足が折れてしまいそうだった。 「まがい物の命だからな、寿命が短いんだ。だからNO.95以外のビースターは、ドラゴンとの戦いに参加しない。万が一ドラゴンに勝っても僕たちが自由になるわけじゃないし、どうせ寿命ですぐに死ぬ。ならドラゴンと戦わず、皆を巻き込んで死んだ方が憂さ晴らしになる。僕らはそう決めた。決めたはずだった。しかし、NO.95は裏切った。貴様がいたから」  勇也の動揺に気が付いたのか、NO.109はここぞとばかりにまくし立てる。  勇也はぎゅっと唇を噛んだ。勝っても負けても、空護といられる時間は少ない。なら、自分は何のために戦うのだろう。 「いいから貴様は引け。NO.95を救おうと考えるな。どうせ、瞬きの間に終わる命だ」  言いたいだけいったのか、NO.109は勇也を置いてどこかに行ってしまった。 勇也はいくばくか立ち止まっていたが、再び自室へと足を進める。その進みは足におもりでもついているかのようにひどく遅い。 随分と時間をかけて間借りしている部屋へとたどり着く。 その部屋の大半がベッドに占められ、別室にシャワーとトイレがある簡易的な部屋だった。 勇也はベッドに倒れこむ。やらなくてはいけないことが、頭の中に浮かんでは消える。 何もかもが億劫で、指一本動かせる気がしない。 勇也は、自分の考えがどれほど甘かったか痛感していた。自分にならドラゴンを倒せると、慢心していた。でも、シミュレーターのドラゴンでさえ全く歯が立たない。 それどころか、死を何度も感じた。  襲い掛かるドラゴンからの攻撃の中に、躱す躱せないではなく、死んだ、と思うことが何度もあった。  シミュレーションがリアルな故に、今まで知らなかった「死」というものが、すぐ隣にあるのをかんじた。 勇也は怖くなった、ドラゴンと戦うことが。死んでしまうことが。 「先輩…」  そう呼んだ後に続く言葉はない。  すがりたいのか、甘えたいのか、謝りたいのか、その全てか、勇也にも分からなかった。ただどうしてもその名前を呼びたかった。目の前が歪み、シーツに水滴が落ちる。 「入るぞ」  ノックもなしに誰かが部屋の中に入ってくる。勇也はゆっくりと扉の方向を見る。 「先輩…?」  そこには荷物をもった空護がいた。ローブのフードは下ろされており、その顔は明らかに困っている。 「お前なぁ、人のこと呼びながら泣いてんじゃねえよ」  そういって空護は、荷物を置くとシャワールームに向かう。そして濡らしたタオルを持ってきた。 「ほら、起きろ。ひでぇ顔してるぞ」  勇也はゆっくりと起き上がる。空護が荒い手つきで勇也の顔を拭いた。顔が少し痛む。 一通り拭いたあと、空護はシャワールームに行き、タオルを片付けた。戻ってきてそのままベッドに腰を掛ける。 やっとぼんやりしていた勇也の頭が動き始める。 「お、オレ!」  何か言おうとしてすぐ言葉に詰まった。泣いていたことを弁明したいのに、なにも言えない。何を言えるかも分からない。 「無理しなくていい」  空護は勇也の方を見ずに言った。 「飯田から状況は聞いてる。そんなもんだろうとは思った。オレもシミュレーターで何千回も戦ったが、一回も勝ったことがない」 「諦めたっていい。ドラゴンとの戦いから逃げたって、だれも責めるやつはいねえよ。オレがドラゴンの翼切って、マナ砲打ち込んで、それで終わりだ」 空護のかすれたテノールが、ぽつぽつと部屋に落ちる。 「だから全部、オレに任せておけばいい。な?」  空護が勇也に振り返る。その顔には作られた笑顔が張り付けられていた。悲しみを無理矢理押し込んだ、ぎこちない笑み。  少し前の空護ならこんな顔をしなかった。死への覚悟を決めていたから、悲しみをこらえるようなことはなかった。  勇也は自分の頬を叩く。 ―――先輩にこんな表情をさせたのは、オレだ。  勇也は間違ってなかった。空護が自分を期待してくれたのも、ドラゴンに勝って生きたいと思っているのも、本当だ。 「先輩、ちょっと来て」  勇也はベッドから出て、空護をひっぱって走る。 「なんだよ急に!」  空護は口では怒っているものの、その手を振り払うことはない。勇也は空護の問いに応えなかった。言葉よりも、行動の方が伝わると思ったから。  勇也は空護を引っ張ったままシミュレーションルームに入る。そこには映像を見ながら頭を抱えている飯田がいた。 「回避は出来る。できるが、攻撃時の隙が…。おや、清水君。休みなさいと言ったはずですが?」 「対ドラゴンのシミュレーションをお願いします」  そう言いながら、勇也はブレイクアックスの用意を始める。 「いいですか。休養も立派なトレーニングなのですよ。ほら、NO.95。君も何か」 「今がいい。今がいいんです。一回だけでいいので」  龍介がちらりと空護を見る。 「こいつは一度言い出したら聞かねえ。さっさとやって寝かしつけた方が早い」  空護の言葉に、龍介は大きくため息をつく。 「分かりました。一度だけですよ。さっさとやってさっさと寝てください」  龍介はシミュレーターの準備を始めるため、小部屋に向かった。  勇也が、空護の方を振り返った。 「見ててください」  勇也は空護の返事も待たずにシミュレータールームの中央へ行く。空護は邪魔にならないよう小部屋に向かった。  シミュレーターの準備が出来たのか、龍介のアナウンスが始める。 『では、行きますよ。はじめ』  龍介の言葉と同時に、シミュレーター内に30mのドラゴンが現れる。その外皮は黒く、その硬質さは見ただけで伝わってくる。  ドラゴンが現れた後、勇也はただ立っているだけだった。前まではドラゴンの視界から外れるべく、動きまわっていたのに。  龍介は勇也に違和感を覚えた。思い出せば、ヴァルフェールを着けていない。  無防備な勇也に、ドラゴンの爪が襲い掛かる。勇也はヴァルフェールにマナを込める。そして、襲い掛かるドラゴンの爪を、腕ごと切り裂いた。 「うおりゃあぁぁぁ」  勇也は今まで、ドラゴンの攻撃を躱しながら、首を切ることに集中していた。だがそれは、勇也の戦い方ではない。  勇也の戦いは「後手必勝」。相手の攻撃を利用して、自分の攻撃を成功させる。  ならば、ドラゴンの攻撃を躱す必要などない。全ての攻撃を打ちのめして、頭を垂れさせればいい。  ドラゴンの悲鳴が上がる。ドラゴンは痛みにうめきながら、尻尾で攻撃してくる。勇也はそれさえもブレイクアックスで切り落とす。  耳をつんざく様な泣き声が上がる。勇也はそれを無視して、ドラゴンの足を切りつけた。 両の足を切りつけられたドラゴンは、地に倒れる。無事な片方の腕はばたついていたが、首を切り落とすには支障なかった。  勇也はブレイクアックスでドラゴンの首を落とす。  シミュレーターのドラゴンはサラサラと消えていった。  龍介と空護は、今まで自分たちが呼吸を忘れて戦いに見入っていたことに気が付く。返り血も、ドラゴンの叫びも、ものともしない勇也の戦いは、荒々しく、圧倒的だった。  2人がしばし茫然としている中、龍介が高らかに笑い始める。 「なんて傲慢な勝ち方なのでしょう!私には思いつきませんでしたよ。ブレイブアックスを何度も振るうなど。いや、振るえるなど!NO.95、君には見えていましたか、シミュレーターといえど、彼がドラゴンに勝つ未来」  空護は龍介を無視して、勇也を見ている。龍介が空護を見ると、その口角は小さく上がり、耳がぴこぴこと動いている。  ―――君は彼を、信じていたのですね。  龍介は自分が勘違いをしていたことに気付く。そして、心の中で空護に謝った。  勇也が小部屋の方を向いた。先ほどの獰猛さを欠片も感じさせない、ヒマワリのように笑った。そして力尽きたのか、バタリと地面に倒れる。  空護は、ため息をつくと勇也を拾いに行く。軽々と勇也を持ち上げて背負った。 「俺達は、これで」 空護は龍介にそう言い残すと、見知った道のりを速足で進んでいく。そして、勇也の部屋に着くと、勇也をそっとベッドに降ろした。  空護はベッドの上ですやすやと眠る勇也を見つめる。その寝顔は幼い。空護は、そっと勇也の頬をなでる。 「オレも、腹、くくるよ」  空護は小さく囁いた。  ドラゴンとの戦いに勝って、皆で生き残る。  空護は勇也を起こさないように静かに立ち去る。 次にあうのは、一週間後。ドラゴンとの決戦の日だ。
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