オレハン 第14話

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第14話 決戦準備 「すっげえ広い…」  勇也は、空護から出されたシミュレーターのドラゴンを倒すという条件を達成するため、鷲巣研究所の地下に来ていた。その地下の半分以上がシミュレータールームとなっており、白色に統一されただだっ広い空間となっている。周りの壁のほとんどが白塗りの中、一部だけ窓ガラスとなっており、その奥にはシミュレータールームの設定を行う機械が置かれた小部屋がある。  初めてきた場所できょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す勇也に、龍介はこほんとわざとらしく咳払いをした。 「いいですか、清水君。君にはこれから2週間、このシミュレータールームで訓練を行ってもらいます」  2週間、それは鷲巣研究所が、ドラゴンがぎりぎり眠りから目が覚めないと予測している期間だ。 龍介と敏久たちが話しあったところ、少しでも勝率をあげるためにも、ドラゴンが目覚めるよりも先に勝負を仕掛けたいという結論になった。本来ならば今すぐにも奇襲をかけたいが、それでは準備があまりにも足りず、ドラゴンが目覚めないぎりぎりの時期、2週間後に決行することとなった。 一番の懸念事項は当然ながら勇也についてである。それゆえ、勇也は決戦前まで鷲巣研究所で訓練することになったのだ。 どうしてホークギャザードではなく研究所なのか、と敏久たちは聞いたが、龍介に空護を育てたのは自分だと言われ引き下がったのは、まあ余談である。  かしこまった雰囲気の龍介に、勇也の心もきゅっと引き締まる。 「ここで普通のビーストとの模擬戦闘をしましょう。そこで君の長所・短所を洗い出し、徹底的に伸ばすなり矯正するなりします。そして、その合間を縫って、ドラゴンとの模擬戦も行います。気休め程度ですが、君にとってはドラゴンの大きさに慣れてもらう必要がありますからね。いいですか?」  龍介の問いかけに少し悩んでから、勇也は口を開いた。 「オレ、ごほうびある方がやる気が出るタイプなんですよ」  脈絡のない言葉に、龍介は怪訝な目で勇也を伺う。しかし、勇也は明日の天気の話をするように、何も悟らせない軽さでつづけた。 「だから教えてもらいたいんですけど、この戦いでオレ達が勝ったら、先輩は生き残ったら、先輩はどうなるんですか?」  龍介はすっと、この場の気温が低くなった気がした。目の前の彼のことはある程度知っている。明るく前向きな、でも少し子どもっぽい、気持ちのいい人間だと。そんな勇也が口は笑っているのに、こんなに冷たい、有無を言わさぬようなまなざしを持つことを、龍介は全く想像できなかった。  そして、それほどまでに空護に情を持っている事を感じる。きっと勇也は、空護のためなら氷を溶かすほどの熱を持ち、それ以外を切り捨てられるほどの冷徹さも兼ね備えている。  その冷徹さは今、龍介に向けられている。適当にいなすのは簡単だった。でも、ここまでむき出しの心に向き合わないことを己に許せなかった。だってそれは、形は違えど、色も違えど、龍介も確かに持っているものだから。 「今それを正確にお答えすることはできません。どうやらこの研究を支援している、上の方でももめているようでしてね。危険だから処分すべきだの、生きているのだから簡単に殺すべきではないだの、未だに話合が収束していないようなんです。でもね、私はどんな手を使ってでも、彼らを生かす予定です。君になら分かってもらえると思いますが、綺麗でしょ、NO.95。特に戦っているときが」  龍介の言葉で、勇也の凍てつくような視線が緩む。勇也もずっと、空護のことを綺麗だと思っていたから。 「君に約束できるのはただ1つ。私は彼らが生き残れるように全力を尽くします」 「案外、命を大事にする人なんですね。役目が終わったら処分、とか言いそうだったのに」 勇也は褒め言葉を交えつつ、さらりと毒を吐いた。空護のために協力しているのであって、龍介への恨みを忘れたわけではない。  一方龍介は、勇也が自分に対して勘違いしていることに気付いていた。龍介は、命が大事だからビースターを生き残らせたいではない。ビースターは龍介にとって大事な芸術品だから生き残らせたいのだ。ビースターを進化させるためなら、彼らで実験を行うこともためらわないし、その過程で人間が死んでも興味がない、という自他共に認めるやばいやつなのである。特に一番手をかけた空護はお気に入りで、戦う姿を延々と眺めていたいと思っている。   龍介のビースターへの気持ちは歪でもはやおどろおどろしい。それでも、勇也と同じくらいの熱がある。 まあ、それはそれとして、正也の好意的な勘違いは龍介にとって都合がいいので、そのままにしておくことにした。 「そこまで薄情ではありませんよ。それで、他に質問はありますか?」 「ないっす!さっさと始めましょう」  そういうと勇也は斧のヴァルフェ、バトルアックスを取り出した。  その背筋はまっすぐにのびて、目には炎が宿っている。戦う覚悟を決めた男がそこにはいた。  集中している勇也の邪魔をせずに、龍介は隣の機械室に入った。 『これからシミュレーターによる戦闘を始めます。やれば分かりますが、感覚は現実とほぼ変わりませんが、実際にケガをするということはありませんので安心してください。なお、一回に出てくるビーストの数は一定ではありません。全部倒すごとに1分のインターバルが入ります。こちらが止め、というまで戦闘は続きます。それでは、はじめ』  龍介の言葉と同時に、勇也の目の前にクマのビーストが現れる。本物ではないと分かっているが、まるで本当にそこにいるかのようなリアリティだった。動きも本物そっくりで、振り下ろした腕の風圧まで感じる。技術の進歩に感動を覚えながらも、勇也はビーストに向かってバトルアックスを振り下ろした。  1時間後、連戦を終えた勇也は床に寝そべっていた。 「疲れた~」  クマのビーストから始まり、サル、ウサギ、タヌキ、オオカミと続いた連戦は、勇也をひどく消耗させた。マナの多い勇也でも、一般的な斧のヴァルフェを1時間も使い続けるのは容易ではない。しかし、他のハンターでは1時間持つどころか、斧のヴァルフェを使えないものもいるのだから、勇也のマナ量は圧倒的であった。   力尽きて倒れている勇也の傍らに、タブレットをもった龍介が近づく。 「お疲れ様です。相当体力を消耗しているでしょうから、そのままで結構です。君の戦闘の分析結果をお伝えしますね。運動能力は上の下、ヴァルフェの扱いは下の上、マナのコントロールは中の下、攻撃力に関しては、斧のヴァルフェを使っているため、上の上、といったところですね。ここまではまあ1年目並といったところでしょう。克服したいところとしては、ヴァルフェの扱いですね。ここは戦闘力に直につながるところですから」  ここで一度、龍介は言葉を切った。その視線はタブレットに注がれている。 「ですが、君にはもう一つ、目を見張る箇所がある。それは、回避能力です。攻撃する際はそこまで瞬発力があるようには思えないのに、攻撃を回避するのは本当にうまい。どうすれば、ここだけこんなに伸びるんですか。まるで、ずっと、強敵から逃げ回っていたような…」  勇也は龍介の話は半分ほど聞き流していた。上の上と言われようが、下の上と言われようが、勇也は全力で戦うだけだし、マナのコントロールが苦手なのも、戦い方がおおざっぱなのも、分かっていることだ。  だが、龍介の最後の言葉には笑ってしまった。思い浮かぶ顔があったから。自分は思っていたより、あの人に影響を受けていたらしい。 「だが、この結果は私が思っていたよりずっといい。君が倒れなければ、ドラゴンを倒せるチャンスはいくらでもあります。あとは、経験を積めば可能性ありますよ」  勇也は疲れた体に鞭を打って、ゆっくりと起き上がる。ここでも自分は、空護に護られている。その事実が、勇也に力をくれる。 「経験値を積む、ですか。体力バカのおれには、ぴったりの言葉ですね。なら、さっそく次のメニューをお願いできますか?」  正也はにやりと口角を上げる。  正也が強がっていたのは明らかだったが、そういう強気な態度こそが龍介の望んでいた姿だった。 「ええ、では今日は君の悪癖を直しましょう。素振り10000回です。正しい型を覚えるまでは終わりませんよ」 「え」  勇也の口から、間の抜けた音が零れる。そのときの彼は、今まで見たことないくらい、青い顔をしていたという。
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