僕の大事なひと

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 久志は倒錯的な状況に酔っているのかもしれない。復讐したいほど愛している男に、決定的な別れを告げられて、かつてはその復讐に利用した一回りも年下の男に身体を差し出している。  そして何より、彼は今までずっと、自分を切り売りして捧げて、あらゆるものを得てきたのだ。甘い言葉、欲しい情報、生きていくための金と仕事。彼との行為に対価を払わなかったのは、もしかしたら昔も今も僕だけなのかもしれない。 「あ、あ、あ、イくっ、イ、ァ……やぁ……!」  とろけている久志の後孔に性器を半分ほど挿入して、彼の股関節を大きく開かせて、同じリズムで突き続ける。それに合わせて彼の性器を扱き、腰をくねらせながら僕を誘う久志をみつめる。こんな顔しながら喘ぐ人だっただろうか?季節だけは同じだけれど、懐かしさも気安さもなく、僕はただ彼を抱き、久志はただ受け入れている。  久志の声が高くなり、薄い腹筋が震えている。僕はリズムを変えることなく腰を揺らし続け、久志が達するその瞬間に彼から性器を引き抜いた。久志は抗議のような悲鳴を上げたけれど、僕の手は止まらないし、ギリギリまで追い詰められた身体は、抜かれた刺激と溜まりに溜まった快感で、射精を止められずに不本意な絶頂を迎えさせられる。それも、二度目だ。 「さ、とる……!なんで……、ひど、あ、ああ!」  久志の射精が終わるのも待たず、僕はまた自分の屹立を彼の中に押し込む。色々なものが混じり合って、空気の潰れる卑猥な音とともに、久志の身体は僕をなめらかに咥え込む。ゆっくりと半分ほど進めて、細かい抜き差しを再開すると、久志の身体はしなやかに反り、僕の手の中の性器が小さく暴れる。 「ん?ちゃんとイかせてあげてるでしょ?」 「ちが、あ、やだ、あ、や……!奥、来いよ……!もっと……!」 「僕の、大きいから、痛いでしょ?」 「やだ……っやだぁ……っ!おねが、い、奥、もっと、あ、あっ……!」 「ごめんね。やっぱりまだまだ下手くそかな」  半分ほどの挿入と変わらない体位での退屈な抽挿、達する直前に突き放されて、あとは手淫で追い詰められての吐精も、三回目を予感してさすがにご不満のようだ。  僕は稚拙なセックスでごめんねと苦笑いをしながら、終わりにしようかとさっさと彼からペニスを抜き去る。  そのことに驚いたらしい久志がきつく僕を睨み上げてきた。それでも僕は怯まずに苦笑いを消すこともなく、彼の両方の乳首を捻りあげる。 「ひ……っ!」 「ほら、痛いの嫌でしょ?ちょっと乳首抓んだだけで、そんなに痛そうな顔して」 「ちが……ちがう……」 「優しくしたいんだ、僕。久志には優しく」 「違う、からっ。痛いんじゃ、な、い……」 「うん?そうなの?」  僕は与えてしまった痛みを癒すように、ゆるゆると指の腹で圧したりこねたりしていた乳首を、もう一度強く捻った。指先で、その小さな突起を左右から強く。久志は息をのんで身体を強張らせ、ほんの数秒固まったかと思うと、目を見開いてガクガクっと痙攣し、わずかだけど射精した。僕は苦笑いに、ほんの少しだけ困惑を加える。 「あれ……久志」 「や……ちが、だから……っ」 「何が違うの?昔言ってたでしょ、いつも。痛いから激しいのはやだって」 「痛いの、は、嫌なんだ……本当に、だけど」 「だけど?」 「…………焦らすなよ!わかっててやってるんだろう!」 「何を?」 「あの頃は……悟が力任せにするから、痛くて、だけど、……激しいのは、……好き……だ」 「久志、激しく抱かれるのが好きなの?」  僕が確認すると、久志はさっきよりもずっと怖い顔で僕を睨んだ。だけど、僕が何も言わずに見つめ返すと、そんな顔もあっという間に悔しそうに歪み、目を伏せてしまう。それでも彼は黙ったままだったので、僕は親指で久志の乳首をグリッと押し潰した。 「んぁ!あ……!」 「答えられないの?」 「……好き、だ。や、違う。優しくされるのが、好き。でも、悟は、俺をいじめないし……俺を、好きだから、抱いてくれるんだろ……?」 「そうだよ」 「……俺、そんなの、あんまりなくて。悟のが、もっと欲しくて、優しいのじゃ物足りなくて、だって悟に激しくされたら、絶対もっと気持ちいいって思うし」 「痛くしちゃうかもしれないよ?久志」 「お、ねがい。もっといっぱいして。奥とか、ズポズポして……」 「そういうセックスが欲しいんだね」 「俺、たまんないほど良くされたら、触られなくても、イケる、し。ここ……ここで、イキたい」  久志は酩酊したような様子で膝を立て、脚を開き、腰を浮かせて、自分で尻穴を拡げて僕に見せた。僕はそこに指を二本、捩じ込んだ。久志は甘い声で鳴き、それでも腰を浮かせたままで、さらに僕に懇願する。 「は……はん……!指、じゃ、やだ……悟、お願い、大きいの挿れて……!俺のこと、思いっきり犯せ……!」 「そう言っていつも誘うの?」 「違う……!他の奴らは、俺がやだって言ってもうるさいって言って……だから、こんなにキモチイイの、ほんとに、ねえ、悟、俺、もっと」 「久志はエロいね」 「俺、エロいんだ。エロいことばっかり、考えてて……こんなにキモチイイちんぽ、好きだから、もっと欲しい。悟の、ほんと、最高……っ!ああああぁぁ!!!」  壊れたように卑猥な誘い文句を垂れ流し、僕をうっとりと見上げ、待ちきれないように指を締め付けて腰を揺らす久志の痴態は、僕を満足させるものだった。  指を引き抜き、性器を一気に奥まで挿入し、腰骨が尻にぶつかるほど激しくガツンガツンと乱暴に突き上げる。久志は痛がるどころか、見事な腰使いで僕を貪り、ただひたすら気持ちよくなるためだけに呼吸する淫乱な男と化していた。  途中で一瞬意識が飛んだのか、久志の身体から力が抜けて、尻穴が緩まった。僕は彼をベッドにうつぶせにして、その白くて小さな双丘を、平手で打擲した。大きな破裂音は、湿った肌に真っ赤な手形を残し、彼の尻穴の入り口が思いっきり締まる。彼は痛みと快感で短く叫び、達したようだ。僕も蠢く彼の腸内に誘われるように達する。  たっぷりと吐き出した精液を受け止めたコンドームを始末し、汗に濡れた髪をかき上げる。ふう、と息を吐くと、ベッドに沈み込むように横たわっていた久志が、腕を使って身体を起こし僕の方へにじり寄ってくる。 「痛くなかった?」 「うん……」 「久志は、僕が抱いたどんな男より、綺麗で気持ちいいよ」 「ほんと……?」 「うん」  僕と同じくらい汗に濡れている髪を耳に掛けてあげて、唇や頬にキスをする。久志の手は、僕の股間を弄っている。 「久志」 「もっと、して。もっといっぱいして……悟、中出し好きだろ?いいよ、生で」 「久志は中出し嫌いでしょ?」 「さっきみたいに、信じられないくらい、頭おかしくなるくらい気持ちいい時に、奥に種づけして……お願い」 「出されるの好きになったの?それとも、アレも僕が下手だったから嘘ついてただけで、本当は中出しされるのが大好きなやらしいケツなの?」 「悟、すっごいね。俺もう、死ぬかと思った。すごい……こんなにすごいの、初めてかも。あれで、中に出されたら、マジでやばい。ね?いいだろ?俺ちゃんと検査してて、病気もないから」 「久志」 「ほんとに、悟のセックス最高……俺のケツ、気持ちいい?どう?」 「すごくいいよ」 「嬉しい……悟も俺の中に出したいだろ?思いっきり注いで、いいから」  僕は、久志に押し倒される形でベッドに寝転がる。久志は歓声を上げそうなくらい嬉しそうな顔で、僕に馬乗りになって、僕のを勝手に自分の中に仕舞い込んだ。久志の身体が、男を受け入れて悦ばせることに長けているのは間違いない。彼の孔に嬲られて、僕の下半身は溶けそうに気持ちがいい。  僕は彼が喉を涸らして意識を失うまで抱き続け、精液を彼の中にも外にも叩きつけた。久志は涎を垂らして悦んでいた。なんて綺麗で卑しいんだろう。  叔父さんをこころから愛していて、生きるためにしかたなく身体を使っていたと言う彼は、叔父さんへの報われない干からびた執念など忘れて、ただただキモチイイことが大好きな、もっと言えば、僕に抱かれるのが大好きな、かわいい男になった。  翌日の朝、僕はまだ眠っている久志を置いて、叔父さんの家に戻った。叔父さんはひどく不機嫌だったけど、僕がこの家を手放すのは考え直して欲しいと言うと、少し不思議そうだった。 「お前だってここにはほとんど帰ってこないし、俺も仕事でほとんど不在だ。無駄だろう?」 「でも、僕はこの家が好きだし、帰る場所は失くしたくないんだ。お金のことなら、僕もあと何年かで働くし」 「金のことはいいんだ。しかし」 「久志のことなら、もう話はついたから。叔父さんに付きまとうことはやめるって言ってくれたよ」 「…………俺からお前に乗り換えるって?」 「まさか。僕は、久志みたいな人はタイプじゃないし」  叔父さんは怪訝そうだったけれど、僕がお願いだから家は売らないでって頭を下げたら、困ったように笑ってわかったよと言ってくれた。  僕にとってはここが実家で故郷で、叔父さんとの思い出がいっぱい詰まった大事な家なんだ。だから、こんなくだらないことで失うなんて、冗談じゃない。叔父さんが思いとどまってくれて本当に良かった。  僕はその日は一日、叔父さんと一緒にいて、昼も夜も一緒に食事を作って一緒に食べて、居間で潰れるまで酒を飲んだ。ものすごく充実した最高の休日だった。  久志はその後、僕の提案をあっけないほど簡単に承諾して、マンションを引き払い、僕の下宿先の近所に引っ越してきた。フリーランスで仕事をしているのだから、住むところはどこでもいいんだと笑いながら。  久志の頭の中から叔父さんのことは消え、僕とのセックスのことばかり考えている。綺麗な年上の男は週に一度くらい、僕に抱かれることでとても満たされているようだ。僕はかわいいネコちゃんが一人増えただけで、あとは以前と同じ日々を送っている。バーで相手を探し、僕を好きだと言う人から援助を受け、学業に勤しむ。 「悟……!あ、あああ!も、だめ、すごい……!だめ、いく、いくいくいく……!」  久志の身体は抱き心地がいい。綺麗だし、僕に一途だ。何でもしてくれるし、理想のネコちゃんだ。それでいい。  そんな日常を続けていたら、ある晩、コタローが深い溜息をつきながら、転勤するんだと言った。彼の務める会社は比較的社員に優しくて、引越しを伴う異動に関しては随分早い段階で本人に教えてくれるようだ。あと半年も経たないうちに、コタローは九州へ引っ越すらしい。 「…………あっちに、お前みたいなのがいればいいけど」 「いいじゃん。コタローはもともとバリタチなんだし。かわいいネコちゃん探せば?」 「簡単に言ってくれるよなぁ……」 「簡単じゃないよ。寂しいよ」  コタローは憎たらしそうに僕の頭を小突いて、肩を竦めてみせた。僕は独り言のように、あーあ、年上の綺麗なネコちゃんは久志だけになっちゃうなぁと呟いた。 「……久志って?」 「んー?コタローみたいに、綺麗でかわいい僕のネコちゃん」 「お前、最低だな」 「ごめんね。コタローの気を引きたくてさ」 「嘘つけ、クソガキ」 「ひどいなぁ」 「…………そいつと、長いの?」 「んー……微妙。俺の初めての相手なんだよね。最近また会うようになって」 「ふぅん。じゃあ、超特別じゃん」 「そうなのかな。あの人優しくされると、誰にでもすぐ懐いちゃうんだ。だから、僕が優しくしてあげないと捨てられちゃう」 「つくづく、大人を馬鹿にしてるよな」 「そんなことないよ。コタロー……」  機嫌を損ねたらしいコタローを、僕は徹底的に責め抜いて、巨大な快感で殺すくらいのつもりで抱いた。ほとんど自失状態の男の叫び声やうめき声は、飾り気がなくて欲望むき出しで、ひどく官能的だ。僕以外に入れさせたことのないコタローの孔は、すっかり僕に従順で、欲しいものを素直に強請ってくるから可愛がり甲斐がある。  情事に疲れ切り、倦んだ身体を横たえて、コタローと一緒に眠る。その寝物語にポツポツと、僕は久志の話をした。ほんのちょっとだけ。彼の行きつけのバーの名前と、髪が綺麗だってことと……なんだっけ?まあ、たいしたことは言ってない。  コタローは、僕に抱かれてとっても気持ちよくなってくれているけれど、一回り以上も年下のガキにネコとして身体を屈服させられたことは、僕が思っている以上に面白くなかったらしい。それでも関係を切らなかった程度には、彼も僕が好きで、だからこそますます、僕が憎らしかったのだろう。数か月後にコタローが九州へ引っ越して行った頃、久志もどこかへ行ってしまった。  予想していたこととはいえ、久志は本当に、何度も同じことを繰り返す人だなと感心した。彼に挨拶もなしに捨てられるのは二度目だ。まったく、躾のなっていないネコちゃんだ。  そんな久志は、やっぱり僕の大事な人には相応しくない。僕の判断は正しかったね。もう二度と、僕の大事な人の邪魔はさせないよ。さらに遠くに行ってくれて、僕はようやく安心できた。  僕は今日も、行きつけのバーに相手を探しに出かけることにしよう。
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