僕の大事なひと

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 高校最後の夏の夢は、とっくに醒めていた。だけど、僕が好んで選ぶのは、未だに年上で綺麗な男だった。 「一杯おごろうか」 「ふ……オレンジジュースを?」 「オレンジジュースが飲みたいの?」  僕がその晩顔を見せたのは、同性愛者の集まるバーのうちの一つだった。健全な社交場ではなく、知り合いがいないとドアの場所も開錠の仕方もわからないような、相手を探す人しか来ない店だ。  何度か見かけたことのある、ほっそりとした綺麗な男だった。上等ではないものの、自分に似合う形と色のスーツを着て、流行りの柄のネクタイを締めていた。おそらく、会社員。つまり、年上。いつも誰かと静かに談笑しているような、騒々しくはないけれど愛想がないわけではない。ただし、問題があった。 「可愛いね。名前は?」 「サトル。綺麗なお兄さん、あなたの名前は?」 「俺?コタローだよ」 「そう。奢らせてよ。オレンジジュースじゃないやつ」 「まだお酒飲めない歳だろ?俺は子供は抱かないよ」 「俺は、大人を抱くのが好きなの」  気づいてはいたけれど、彼はタチ専だ。僕も彼と同じくタチ専で、彼の相手にはなりづらい。だけど、抱きたい。  微笑みながら彼の隣に座る僕に、彼は面白そうに肩をすくめて見せた。僕はカウンタのスタッフに目くばせをして、とびきり強い酒を二杯置いてもらう。 「僕、子供に見える?」 「少なくとも俺よりはね」 「幼く見られるんだよねぇ、むかしから……」  僕はおもむろにポケットから小さなプラスチックケースを取り出し、目の前のショットグラスに白い錠剤を一粒ずつ放り込む。彼はそれを何も言わずに眺めている。ケースをポケットにしまい、僕はグラスを一つ彼に差し出した。 「僕のおごりだよ」 「……」 「遠慮しないで」  透明な酒の中で、細かい泡を出しながら錠剤が解け始めていた。僕はじっと彼を見つめたまま、自分の手にあるグラスの中身をぱくりと一息に飲み干す。 「コタローさん」  彼は黙ったまま、細くて白い指でそのグラスを摘み上げ、僕の方を見ずに一息に飲み干した。その横顔と、仰け反った喉が本当に好みだ。髪がもう少し長い方がいい。普通の会社員は、長髪なんて難しいのだろう。 「サトル、俺はタチ専だ。抱かれたいのか?」 「僕もタチがいいな」 「男同士の覇権争いは、どんな時でも強い方か上手い方が勝つんだよ」 「酒は多分、僕の方が強い。コタローさん、お酒好きじゃないよね?」 「……そうだな、オレンジジュースの方がよかったかな、正直」 「知ってるよ。見てたもん」 「酒飲むと、勃ちが悪いんだよ」 「大人って大変だね」  コタローは多分、三十代だ。多少の酒で勃起不全を心配する歳でもないから、体質だろう。僕はスツールをくるりと反転させ、カウンタに肘を預けて脚を組む。そして、軽く仰け反ってコタローの顔をのぞき込んだ。 「勃たせてあげようか?ガッチガチに」 「そのガッチガチを、突っ込んで欲しいのか?」 「あはは、やだよー」  僕は再び店内を眺めるように顔を戻し、脚を組みかえ、カウンタに頬杖をついているコタローの股間に手を伸ばした。 「やめろ」 「どうしたの?お酒飲むと勃たないんだよね?」 「触られれば勃つさ」 「お酒飲んでも?」 「ドラッグと一緒に飲んだだろう」 「あれは、ただのラムネだよ」  撫でまわしていた手に、僕は力を込める。まだほとんど反応を見せない性器の形を確かめ、浮き上がらせるように、周囲の生地を押さえながら擦りあげる。コタローはため息を吐く。もしかしたら、本当に酒に弱いのかもしれない。少し顔が赤いように見える。 「強くて上手い男が、覇権争いに勝つんでしょ」 「は……ガキが、調子に乗るな」 「僕に抱かれなよ」  僕はスツールを降りて、その代りのようにコタローのスツールを回し、彼の正面に立つ。カウンタを背にして僕を見上げるコタローはやっぱり綺麗だ。まあ、この店の照明は限界まで暗くしてあるから外だとどうかはわからないけどね。 「まだ飲める?」 「いいや。酒はもうたくさんだ」 「じゃあ、僕の方が強いね」  そして僕は、躊躇いなくその場に跪き、コタローのベルトを外し、スラックスのファスナーを下ろす。 「おい……嘘だろ、よせ」 「アンアン言ってもいいよ?」 「よせって、ん……!」  暗い店内で、さらに暗い足元に屈んでいて、客は好みの男のケツや股間しか見ていないとはいえ、カウンターのど真ん中のスツールで咥えていれば、さすがにバレる。多少のギャラリーは興奮するけど、騒ぎになっての出入り禁止はごめんだ。  僕は時間をかけることなく、いきなり全力で彼のペニスをしゃぶり、ついでに外から前立腺を圧して刺激する。喉の奥で締め付けて吸い上げ、宣言通りガッチガチにしてから口を離した。 「お兄さんより上手い?」  僕は立ち上がると、スツールからずり落ちそうになって、荒い呼吸を繰り返しているコタローの後ろのカウンタに両腕を突き、覆いかぶさるようにして顔を寄せる。 「ねぇ?」 「…………ああ」 「じゃあ、僕の勝ち?」  さらに顔を近づけると、コタローは悔しそうに視線を逸らす。だけど僕が黙っていると身じろぎしながら顎を上げて、口をわずかに開いて舌を覗かせる。僕はにっこり笑って、それに応えてあげた。コタローの口の中は妙に熱くて、この口でしゃぶられたいなあと思いながら、音を立てて舌を舐め合わせる。コタローも、せめてもの仕返しなのか、熱烈なキスを仕掛けてきた。  ようやく唇を解放しあって、僕は自分がずらしたコタローの下着を元に戻した。まあもちろん、下着を穿くには体積が増えすぎていたからペニスのほとんどは、その小さなブリーフからはみ出していたけれど。 「え……」 「どうする?コタローお兄さん」 「…………」 「いくら僕が世間知らずのガキでも、こんな店の中で、最後まではできないよ?」 「…………」 「ま、それを期待している人もいるみたいだけど?」  コタローは漸く我に返り、自分の痴態が何人かの客に見られていたことに気付いた。ここで頷けば、次からは他のタチからも誘われるだろう。大人はそういうことを気にするのかもしれない。僕はコタローの肩をポンポンと叩いて、わかったよ、と笑った。 「残念。じゃ、あとはほかの人にしてもらって」 「お前……!」 「フェラの上手なネコちゃんがみつかりますように」  そして僕は、コタローのスツールをくるりとカウンタの方へ回して元へ戻すと、財布から二人分の酒の代金を抜いてスタッフに渡した。 「ねえ、コタローさん」 「……」 「誰にも触らせず、自分でもせずに、明日まで我慢できたら、抱いてあげてもいいよ?」  おやすみなさい。  僕はコタローにそう囁いて店を出た。その僕をコタローじゃない男が追ってきて、その晩は彼と一緒に過ごした。  翌日、同じ時間にその店に出向くと、コタローは恥ずかしさに耐えるように俯いて、カウンタでオレンジジュースを飲んでいた。昨晩の話は知れ渡っているらしく、僕とコタローは店中の注目を集めた。僕は年上には優しいので、頑張ったコタローに意地悪したりはしなかった。さっさとコタローのスツールの隣に立ち、彼の耳元に唇を寄せる。 「お待たせ。行こっか、コタローさん」  カウンタに肘をついて僕がそう言うと、コタローは僕の方を見もせずにスツールから降りた。そのままホテルに直行。コタローは初めてのネコに戸惑って、躊躇って、自分の中のプライドと戦っているようだったけれど、結局快楽には勝てなかったようだ。  期待ですでにガッチガチだったペニスをたっぷり可愛がってあげて、その間にしっかり僕のを銜え込めるようにアナルをほぐしてあげて、身体を繋げる頃にはすっかり可愛くて綺麗なネコちゃんになっていた。  それから数か月経った今でも、コタローは僕とよく寝る。コタローは、なんとなく久志に似ている気がしていた。だけど、今こうして本物の久志を目の前にすると、全然違うんだと思い知る。そして少し安心した。いつまでも久志に囚われていると自分でも呆れていたけれど、そうでもなかったようだと。  玄関での立ち話もなんだからと、僕は久志を家に上げた。応接間に向かい合って座り、冷蔵庫にお茶がなかったので、水のペットボトルをそのまま差し出す。久志は落ち着かなさそうに視線を泳がせ、それでもそれを受け取ってくれた。 「久しぶりだね、久志」 「………………ああ」 「元気だった?」  何から聞けばいいだろうかと、僕は少し悩んだ。久志も戸惑っているようだ。僕と会うとは思っていなかったんだろう。久志は、尊、つまり叔父さんに会いたかったのだから。僕の後姿を彼と見間違うほど、焦がれているのだから。だけど僕は、不思議とそれに怒りを感じてはいなかった。叔父さんが魅力的だというのは、身内の僕でもわかるからだ。 「…………悪かった」 「え?」 「あの夏……俺は悟に、酷いことをした。本当に、ごめん」 「ああ……初恋は実らないって、本当だね」 「そうだな。本当に、実らない」 「え?」 「……俺の初恋は、尊さんなんだ」  久志はひどく辛そうな顔で、艶やかな髪をかき上げ、ようやく僕の目を見てくれた。 「そっくりだな……ますます。髪なんか、癖も色も一緒だ」  久志に渡したペットボトルが、汗をかき始めた。
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