雪の女

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    *  騙したのか――とある晩、雪女が祖父の枕元に立って問うてきた。  高祖父たちに選ばれて妻となった女は隣で寝息を立てていた。  騙すつもりではなかった、こうなるつもりではなかった、お前に合わせる顔がない――と祖父は心から謝罪をした。  土下座をする祖父を見やり、雪女は冷たい息を吐く。  ――どうせお前も「私の息子を」などと言うのだろう。  たしかに自分は人と同じ時の流れに生きてはいないが、孤独は感じる。長い時をひとりで生きる苦痛など理解できないだろう――と雪女は泣いた。  目からこぼれたそれは氷の粒となり、祖父が差し出した手の上に落ちても溶けることなく輝いた。  ――少し、待っていてほしい。  少しと言うには長いだろうが、それでもどうか待っていてほしいと祖父は言った。  ――口先だけの約束などもう聞きたくはない。  違う、と祖父は懇願するように雪女の手を取った。それだけで両手が凍傷になったが、心を伝えたいと思った。  ――二重に妻を取ることはできないし、そのようなことをするのはこの人にもお前にも失礼だ。  家族や親類の思惑によって無理に繋がれてしまった縁であったが、それでも隣で眠る女性は人として当たり前に優しく、良い妻だった。蔑ろにするようなことがあってはならない。  ――夫として果たさなければならない責任がある。家長として生きなければならないしがらみがある。  それを果たしたら――と祖父は言った。  ――何十年後になるか分からないが、私が人の夫としての責任を果たし、家長としての責務を果たし、好きに生きても良いのだと思える頃にまた、会いに来てくれないか。  子を残し事業を成功させ妻を幸せにする。そういうことをすべて終えたら自分はお前のものになろうと、祖父は雪女に約束したのだった。
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