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騙したのか――とある晩、雪女が祖父の枕元に立って問うてきた。
高祖父たちに選ばれて妻となった女は隣で寝息を立てていた。
騙すつもりではなかった、こうなるつもりではなかった、お前に合わせる顔がない――と祖父は心から謝罪をした。
土下座をする祖父を見やり、雪女は冷たい息を吐く。
――どうせお前も「私の息子を」などと言うのだろう。
たしかに自分は人と同じ時の流れに生きてはいないが、孤独は感じる。長い時をひとりで生きる苦痛など理解できないだろう――と雪女は泣いた。
目からこぼれたそれは氷の粒となり、祖父が差し出した手の上に落ちても溶けることなく輝いた。
――少し、待っていてほしい。
少しと言うには長いだろうが、それでもどうか待っていてほしいと祖父は言った。
――口先だけの約束などもう聞きたくはない。
違う、と祖父は懇願するように雪女の手を取った。それだけで両手が凍傷になったが、心を伝えたいと思った。
――二重に妻を取ることはできないし、そのようなことをするのはこの人にもお前にも失礼だ。
家族や親類の思惑によって無理に繋がれてしまった縁であったが、それでも隣で眠る女性は人として当たり前に優しく、良い妻だった。蔑ろにするようなことがあってはならない。
――夫として果たさなければならない責任がある。家長として生きなければならないしがらみがある。
それを果たしたら――と祖父は言った。
――何十年後になるか分からないが、私が人の夫としての責任を果たし、家長としての責務を果たし、好きに生きても良いのだと思える頃にまた、会いに来てくれないか。
子を残し事業を成功させ妻を幸せにする。そういうことをすべて終えたら自分はお前のものになろうと、祖父は雪女に約束したのだった。
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