プロローグ

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プロローグ

 首相官邸から伸びる大通り両脇のイチョウ並木は鮮やかな黄色を付け始めている。都心のど真ん中とはいえ、早朝の空気は澄み渡り平穏が覆い、小鳥の鳴き声が響く。  静かな風が通りすぎ、「四三二(しみず)内閣退陣!」「首相頑張れ」と書かれたビラの破片が舞い上がる。昨日道を挟んで行われた親政権・反政権両派によるデモの残り香である。 「スッ、ハッ、スッ、ハッ……」  ランナーが軽快な足取りで歩道をなぞっていく。信号が青に変わり、前に駆けだす。官邸へと続く坂を上りきった瞬間である。  空の落ちてきたような轟音が静寂をつんざいた。顔を上げる。火の玉がガラス窓をかき分け飛び出してくる。状況を咀嚼する前に踵を返し逃げたところ衝撃波がランナーを押し返した。 「ぐああっ!!」  上ってきた坂を転がり落ちていく。それを追いかけるようにコンクリートとガラス片の雨が降り注ぐ。 「大丈夫ですか!?」  警官たちがランナーに駆け寄る。息はあるが、体は煤とかすり傷でぼろぼろになっている。何が起こったのか顔を上げる。  そこにはけたたましい炎と黒煙に包まれた首相官邸の姿があった。既に建物は原型を留めず瓦解しており、方々に引火し立ち入るのもままならない。おびただしい数の消防車、救急車、パトカーがサイレンを鳴らし詰めかける。通行人は逃げる者と何が起こったか詰めかける者とで二分された。 『番組の途中ですが、速報です。先ほど午前9時13分ごろ、総理大臣官邸で大きな爆発がありました。中では閣議が開かれており、現在四三二総理大臣をはじめ閣僚全員と連絡がとれない状況です。ここからは番組内容を変更して、緊急報道特番を―』  暗闇の中から微かに声が聞こえる。ここはどこなのか。自分は何をしていたか。思考が回りだすとともに自分にのしかかる重みと痛覚が体を駆け巡る。外から何者かの声がする。あてもなく、自分はただ唯一動く右手を挙げた。 「生存者! 生存者発見!」  途端に陽の光が差し込み、眩しさを覚える。レスキュー隊員と自衛官の姿が見えた。どうやら自分はガレキか何かの下敷きになっていたらしい。 「三国副総理だ! 三国さんは生きておられる!」 「大丈夫ですか!? 分かりますか!?」   サイレンの音やヘリの飛行音が入り混じる。幸い手足は動くようで、隊員たちに手をとられながら立ち上がった。ワイシャツには煤と血が滲み、左手の腕時計は壊れてしまっている。ようやく周りを見渡し、自分のいた場所が更地となっていることを把握した。他の建物があるということはここだけが狙われたのか。誰にも聞こえないほど小さな言葉が出る。 「起こってしまったか」  天を仰ぎ、腹立たしいほど燦然と輝く陽を睨みつけた。
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