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定食屋『炊飯堂』の配達ワゴンが首都高を疾走している。ヤクザにアタッシュケースを渡していた男が、荒くなった息を整えながらマスクとサングラスをはぎ取っていた。
「あっぶねえ! 死ぬかと思った……」
隣には警官の制服を纏った男が帽子を脱いだところである。
「大げさだぞ、小山田」
「だって! 紺野さんは『いたぞ!』って言うだけじゃん!」
「こっちも本物のヤクザ追いかけてんだよ」
「冴島さんがいたからよかったけどさあ」
「あんな不良女いなくてもやれたって」
小山田が後部座席に身を乗り出す。視線の先には女性がPCを打ち込みながらSDカードにある映像データを送信している。
「送信終わりました」
「お疲れ咲良ちゃん!」
「下の名前やめてください」
「うっ、ごめん東雲ちゃん」
「ちゃんづけやめてください」
「し、東雲さん……」
「何回も呼ばないでください、聞こえてます」
「どうしろと!?」
ワゴン車の走る頃、水天宮の大使館では、センタリアのウォルツ大使と一人の日本人の男が会食している。一見和やかだが、ウォルツの額には冷や汗が浮かぶ。
というのも、目の前に差し出されたのは、料理ではなくタブレット端末に映った先ほどの倉庫の様子だったからである。
『そっちの大使によろしくな』
『大使とは?』
『何言ってんだ、センタリアのウォルツ大使だよ』
男は涼し気な表情を浮かべ英語で話を進める。
「日本の粉は貴国じゃ高く売れただろう。そのうち貴殿に入るのは2割ほどか」
「貴様……!」
「警察、外務省、日本メディア、そして貴国の反体制派……これは流す先に迷う。まず貴殿の居場所はなくなるだろうな」
テーブルを叩き、ウォルツは彼を睨みつける。しかし言い返す言葉が見当たらない。日本人は空になったウォルツのグラスにワインを注いでいく。
「日本車の関税据え置きを貴国の首相へ進言願いたい。『ドラッグ貿易』をバラされたくなければな」
翌朝。「センタリア政府、日本車関税は『据え置き』」の見出しが各紙朝刊の1面に躍り出る。
男は駅前の宝くじ売り場で新聞を広げていた。隣にはあかりがスクラッチくじを削り、今4枚目に入ったところである。
「だぁーっ! 外れた!」
彼女はうなだれてそばの缶ビールを飲む。榊は、視線を変えないまま内ポケットから分厚い封筒を取りだしあかりの前に置いた。その存在に気づき、素早く封筒の中身を見ると、しっかり札束が入っている。
「ちゃんと、円だよね?」
「当たり前だろ」
「しかし、随分凝ったことするわね」
「これが我々『クラブハウス』のやり方だ」
男の名は、榊重治。昨夜のシナリオを描いた張本人にして、クラブハウスの主である。
あかりと榊の出会い。それは1週間前に遡る。
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