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11.泥だらけの雪
俺は運転席に乗り込み、車を出す。今日はこれから放課後児童クラブでの仕事が待っている。貧乏ヒマなしだ。助手席にはケージに入った茶色いウサギ。ニンジンとリンゴの入った袋。
「お前にも、もうひとがんばりしてもらうからな」
俺は唯一の相棒にそう告げ、車を出す。
道路脇にも雪が残されていた。泥だらけの雪。よく晴れた空の下でそんな雪の残りを目にすると、みじめな気分にさせられた。まるで自分を見ているような気分にさせられるからだ。
俺はけっきょくマジックバーでの仕事を失った。新作のステージマジックをいくつか考えて行ったが、店主は首を振るばかりだった。
数日後、マジックバーの前を通りかかると、若い女性マジシャンによるマジックショーの開催を知らせるチラシがドアの外に貼ってあった。なんでも、バニーガールの格好でマジックをするとの触れ込みだ。
なるほど、新作のマジックが欲しいというのは、俺を切るための口実に過ぎなかったのだ。
俺はこのまま平凡なマジシャンで終わるかもしれない。名も残さない、何も生み出さない、そんなちっぽけなマジシャン。
それでも俺はあちこちに営業をかけ、今では老人ホームや小学校や幼稚園をまわってマジックを続けている。ウサギがシルクハットから飛び出す定番のマジックだって、目の前で見せられればパッと目を輝かせる人々がいる。
バニーガールの格好でマジックをする若い女性のマジシャンが真っ白な新雪だとすれば、俺は道路脇に降りつもる泥だらけの雪だ。
「いいじゃないか、それで」
俺は茶色いウサギに伝えるようにつぶやいた。
(おしまい)
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