01.しけたマジックバーでの見せ物

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01.しけたマジックバーでの見せ物

「ワン、ツー、スリー」  俺はにこやかな笑顔を浮かべ、シルクハットに入れた手を引き抜く。茶色いウサギが姿を現す。  客たちがぱらぱらと拍手する。こういう類のマジックは見飽きたけど、しけたマジックバーでの見せ物だからこんなもんだろう。そんな拍手。  俺の手の中ではウサギはつまらなさそうにじっとしている。同じことを何度も繰り返しているせいで、もはや逃げ出そうという気力すら湧かないみたいだ。倦怠と諦念がウサギから漂う。  まあ、俺だってこの店ではもう十年もステージをこなしている。ありがたいけれども、倦怠と諦念が俺についてまわっているのも事実だ。  ステージ上でのショーが終わると、俺は各テーブルをまわってのショーをこなす。紙幣を燃やしたと思わせて胸ポケットの中から取り出したりだとか、ステッキを振りかざすと花束が飛び出たりとか、そういう類のマジック。 「折りたたんだ新聞紙にまず水を注ぎます……。こぼれそうで、こぼれない……」  俺は客のテーブルのすぐそばで折りたたんだ新聞紙にグラスの水を注ぐ。男性と女性のカップルの座るテーブル席。まだ恋人という関係ではなさそうだが、男性客の下心は手に取るようにわかる。  どうやら男性客の方は、恋人として女性客と付き合いたいのだろう。あるいは恋人というよりは不倫を望んでいるかもしれない。  一方で、女性客は男性客のそんな下心を見抜いた上で、この店にやってきたかのような雰囲気。この私をどうやって口説けるか試してみよう、そんな意地悪さが漂う。  まあいい。俺には関係ないことだ。 「それでは、水を注いだ新聞紙をよく振ります」  俺は新聞紙をばさばさと振る。あたかも新聞紙の中に水が存在しているという手つきで。  カップルはふたりとも、どこかにタネも仕掛けもあるだろうという疑いの目を俺に向けている。こっちはプロなんだ。素人が目を凝らしたところで見抜けるレベルじゃない。
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