第144話「いつか、きみに愛していると言わせてくれ」

1/1
前へ
/152ページ
次へ

第144話「いつか、きみに愛していると言わせてくれ」

865eee04-61ec-4151-8b80-dad29849dc3e(UnsplashのMimipic Photographyが撮影)  ゆっくり、ゆっくりと清春が佐江に飲み込まれてゆく。  自分の身体が佐江の中に溶け込む快感に、清春は耐えた。  ふ、と佐江の身体が小さく(ふる)える。彼女の短く切った爪が、かすかに背中に食いこんだ。  佐江が清春の背中に爪を立てる痛みは、これまで受けたどんな愛撫よりも深い愉悦につながっている。清春の熱にひきずられていくように、佐江の整った顔がせつなくゆがんだ。  爪が、ひそやかに清春を追い詰める。  声にならない声が、清春に命じている。  もっと、もっとあなたを。  もっと深くもっと奥まで。  私にあなたを、理解させて。 「佐江。顔を見せてくれ」  今にも泣き出しそうな顔をした佐江が清春を見おろした。それを見て、清春はようやく佐江を取り戻した気がして、笑うことができた。  そっと佐江の小さな顔を両手で包み込み、高い頬骨を親指で愛撫する。皮膚の下でかすかに息づく佐江の頬骨の確かな固さを感じる。  清春の、いとしい人の骨の固さだ。 「会いたかった」  清春は佐江を見つめながら、ささやいた。  これほど赤裸々に自分自身を吐露することが許されるとは、清春には信じられなかった。だがこのひとは、清春をそのまま受け入れてくれる。  弱い清春のまま。  意地っ張りで素直になれない清春のまま、佐江はそっくり呑み込んでくれた。   「会いたかった。どうしようもなく、会いたかった。きみなしでは、眠れないほど、会いたかった」  ほろり、と佐江の瞳から涙がこぼれ落ちた。清春の指が、それをぬぐってやる。  彼女が言う。 「もう、どこにも行かない?」  少女のような声で佐江が尋ねる。その声音(こわね)の清浄さに、清春の身体は最後の自制を失う。 「どこにも、行かない」  自分と佐江を確実に最後の悦楽に追い詰める動きをしながら、清春は佐江の顔を見上げた。 「どこにも行かない。信じろよ、おれはもう、おまえのものだ」  佐江はまだ目に涙をためながら、清春の瞳をじっと見る。  佐江の視線は天上(てんじょう)(はな)のようなものだ、と清春は思った。  甘くやさしく心地よく、どんな清春も包み込んでしまう無限の花。  清春だけの、花。  最後の愉悦は、清春のすべてを押し流して甘く甘く炸裂した。 「いつか、きみに愛していると言わせてくれ――佐江」  清春の最愛の女は、ため息だけで答えた。  いいわ、キヨさん。  いつか、あなたは私のものだと世界中に叫んであげる――。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

248人が本棚に入れています
本棚に追加