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第2話 「おれの妹に、恋している女」
(Khusen RustamovによるPixabayからの画像 )
カフェには、もう異母妹、真乃(まの)の姿はなかった。清春はさりげなくコルヌイエホテルのロビーを歩き回り、真乃の親友、佐江の姿を見つけた。
くったりとロビーの椅子に座りこんだ佐江は、まるで華麗なシルクの抜けがらのようだった。
清春の気配に気づいた佐江は、目線を上げた。たちまちいつものきれいな顔を取り戻す。
秀でた額、つんとした鼻、くっきりした二重まぶたの瞳。貴族的な高い頬骨の上にだけ、かすかに涙のあとが残っていた。
佐江は百七十センチ近い長身をすっきりと伸ばして立ち上がり、それから目の前に親友の兄の姿をみとめて驚いたようだった。
「キヨさん。ご無沙汰しています」
「久しぶりだね、佐江ちゃん」
そう言う清春の声はわずかにかすれている。
軽く頭を下げた岡本佐江の顔からは、もうあの途方に暮れた少女はどこにも見つからない。
清春はゆっくりと佐江に近づいた。
「さっき、あそこで真乃と話していただろ? おれもいろいろ気になるんだ。ちょっと話を聞かせてくれる?」
清春はさりげなく続けた。
「十分後に、ここで会おう。おれの仕事はもう終わりなんだ。真乃(まの)についての話だから、きみ、逃げないだろう?」
ふっと、佐江はきれいに描いた眉をひそめた。
「逃げる? 人聞きが悪い言い方ですね」
「なんとでも言うといい。先に消えるのは、礼儀知らずだぜ?」
清春はそういいながら、さりげなく佐江の後ろに立ち、退路を断った。
こういう時は、女に何もいわせないほうが話が早い。清春は、話の本題に入る前にグダグダとしゃべりたがる女が苦手だった。
その点、岡本佐江は余計なことを言わない女だ。それどころか、清春が知りたいと思う事もろくに話さない。
清春は岡本佐江の口の堅さに敬服している。
★★★
佐江を連れてコルヌイエホテルを出ると、清春は大通りをへだてたカフェに連れて行った。小さなカフェのテーブルに着くと、単刀直入に知りたかったことをたずねる。
「真乃は、きゅうにアメリカから帰国した理由をきみに言った?」
佐江はきらりと目を光らせて、あからさまに警戒している様子を見せた。
「キヨさん、真乃からは聞いていないんですか?」
佐江は清春の質問に対して質問で答えた。
人が、こんなふうに質問に質問で答えるときは何かを隠している時だ。岡本佐江は確実に清春の知りたいことを知っている。
コーヒーを飲みながら、清春は佐江を見た。
至近距離から見ると、岡本佐江は非の打ちどころのない美人だった。
清春の妹の真乃も美しいと言われるが、真乃にはどこか気安い雰囲気がある。
いっぽう岡本佐江の美貌は貴族的な整然とした美しさだった。あまりにも完璧すぎて、見ているほうが気おくれするほどだ。
「きみは真乃の親友だろ。さっきも二人で顔を突き合わせて、仲良くしゃべってたじゃないか」
清春が一歩踏み込んで尋ねると、佐江はひらりと身をかわして
「ただの話ですよ。三か月ぶりに友人が日本に戻ってきたら、近況報告をするのは当たり前でしょう」
と切り返して来た。
そうだね、と音もたてずに清春はカップを受け皿にもどした。佐江はどうあっても真乃との会話の内容を話すつもりがないらしい。
真乃を守るためだろう、と清春は思った。
清春の異母妹は、腹立たしいほどに、岡本佐江のすべてを支配している。
佐江は。
真乃に恋しているのだ。もう10年も――。
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