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私,小暮ふみ
二十八歳、とある出版社で働いていた。
大学を出てあこがれの出版社に入社。や
っと入った出版社、一年雑務をして二年目ちょっとした記事の整理をして、雑誌にも名前が載るようになった。頑張った、よくやったと自分をほめてやった。
三年目早くも担当につかせてもらうことになり、同期にうらやましがられた。
先生の担当先輩の補佐に着いた。
それだけで、舞い上がってしまった。
いい男って、案外いるもんだなと思ったのは、初めて先生の作品。それもノベルを読んだ後に付録のようについていたアニメの雑誌の対談で見た写真だった。見た目がきれいで、それだけで女子の心を鷲頭紙。
漫画の王子様、みんなは誰を想像する?
その人が目の前に立ったら、ドキドキするよね。ワー、本物だー。
口を大きくぽかーんと開けて見ていたのは、出版社の授賞式。
みんなの目が先生に集まっていた。
その作品は大学三年生で出したものだった。ファンタジーではあるものの、あっという間にアニメ化され売れていった。
当時の私にとってその作品は未来を明るく照らすものだった。
戦争で生まれながらにして顔に大きな傷を負った少女がその後の人生を力強く生きていく物語。
「これは私の命だ、誰も好きにしていいわけじゃない。顔に傷があるから私はダメなのか?私は生きている価値がないというのか!そんなのくそくらえだ、私は生きる、この先何が有ろうと生きてみせる!」
その頃先生は、興味がない人は作家だとは知らないだけで、結構アイドル化していたのを覚えている。
そんな先生の担当。もう、うれしくて、うれしくて。
人気者で、手を挙げる人多数の中選ばれたのはいいが、ただなんで私になったのか先輩に聞くと。
その男性は、私に向かい、すまんといって頭を下げた。
どうしても女性に頼みたかったというのが一つ。
もう一つは私なら先生も手を付けることがないだろうということだった。
いいけどさ。
女癖が悪い、そんなところに連れて行って、何かあったら会社の責任になると、そんなことで白羽の矢が当たったのか。
昔からいじめの対象。
親にまで誰に似たんだかと言われるしまつ。あんたの子だよ。
弟たちには姉だというのは隠せとまで言われてきた。
そんなのだから、気にしない、した方が負けだ。
でも女性に頼みたかったというのはなぜだろう?
それを聞くと先輩は、とにかくついてから話すとばかり、肝心の原稿のことは、それは俺がといって、言葉を濁している。
なんかおかしいな?というのもさほど考えるわけでもなく、初めて、先生と呼ばれる人のお宅訪問に、直しても意味のない髪をいじってみたり、似合いもしないリップを塗りなおし、しても意味のない化粧も直したりとウキウキしていた
初めて来たお宅は、結構大きい家だなという印象だったのだが、開けて呆然とした。
お構いなしで入っていく男性の先輩を追いかけた。
え?靴のまま?
土足のままどかどかと入っていく人追いかける。
玄関の周りから廊下まで散らばったゴミはごみ袋じゃなく、コンビニの袋に入ったまま。弁当箱もそのまま、小さな虫が飛んでる?ごみ屋敷そのままに唖然。前を歩く人がこれを片付けるのも私たちの仕事だと言われ絶句した。
これを片付けるの?一日や二日で終わらないよなんて考えながらも先輩の後を追う。
そして行き着いた先でやっと靴を脱いだ。
道ができている。脇はものすごいゴミと本、雑誌、新聞。
この惨状は何?
ドアの前で先輩はマテをかけ、そこに立ち止まった。
カーテンも引きっぱなしで、薄暗い部屋。ここはリビングだろうか?
ものすごい広い部屋のはずなのだが、変なにおいに顔がゆがむ。
奥にある開けっ放しのドアの中へ入っていく人、ドアじゃないのか、引き戸?なんだかすごいなー。
ゴキちゃんとかもうじゃうじゃ居そう。
ぞわっとして自分を抱きしめちゃった。
ピー。
ん?
どこかで笛の音のようなものがした。
耳を澄ませるとゴミの中からする。
ガサガサと分けていくとそこで見たのは、人形?
ピー。
青白い、外国の人形のように見えた。
ピクリと動き、人間だと思い走り寄った。
風呂にもろくに入らず、汚い服を着て、口元に何かがこびりついた…赤ちゃん?
人形のように青白い顔に異常を感じた。
顔に手をやると、なんか変な呼吸音。口に何か入れてる?
先輩はお構いなしで、その奥にいる物体に何か話しかけているが、私は我慢ができなかった。
その子を抱き上げた。
胸に耳をあてた…息をしてない?
死ぬ!
どかどかと走り、先輩が話をする者の汚いシャツの襟首をむんずとつかみ、ひげと長い髪で目も見えない男をゴミの中から引きずり出し、この子を殺す気かと言ったのが昨日のようだ。
先輩は、赤ちゃんを見て、本物?なんていうけど、とにかく救急車を頼んだ。
抱いて口から出ているものを引き出した時ぞっとした。おにぎりの包装、まだ入ってる、取り出したものは白いキャップ。そして、何かを吐き出し、大声で泣き始めた。
テッシュ?
もう怒りしか出てこなかったのを今でも思い出す。
私は、彼に向かい、パーンと一発、ほっぺたを殴った。人殺しと言って、病院へ連れて行きます、この人でなしと叫び、そこを飛び出した。
会社は首だろうななんて、その時は思ってもみなかった、落ち着いてやっと状況を把握、人気大作家先生を殴ってしまった、どうしよう?
なんてね、案外会社はしたたか。
殺人者にならなくてよかったと、赤ちゃんの面倒、そして先生の面倒を見るように上司に言われ今にいたる。
思い起こせばあれから三回目の冬、助け出した赤ちゃんも年が明ければ四歳になる。早い物だ。
「ふみ―ネクタイ」
持ってきたものを私の後ろに立ち、目の前でぴらぴらふっている。
自分でしろよな。
できねえもん。
かがめ!
小さくなる人の後ろから手をまわした。
「おっぱい大きいよな」
ふざけるなと頭を叩いた。
セットが乱れたー。というが、大したことはしてねえだろうが。
前から結ぶなんてできない、顔を直視したら顔がにやけるのがわかっているからだ。
ハートが二人の周りにいっぱい飛んでいる様子を妄想できるし。
「お前殺す気か!」
手を叩かれた、首絞めてるし。
ウワー、何やってんだか。
スミマセン。
ププ。短いクラクションが聞こえた。
「ほら来た、勇気―お出かけだよー」
ばたばた走る音。
「捕まえたー、ほら、マスク」
キャッキャと腕の中で騒ぐ子ザル。
「俺もー」
甘えないでくださいと取り出したマスクを顔にぺしゃり。
「もう、やさしくしてよー」ムーっといって突き出す唇に手を当て応戦。
こんなにやさしい家政婦がどこにいるんですか!
「まだ言ってる、家族だろ、家族」
どこが家族だよ。まあ三年もいりゃあそう思うか?
はいはい、ほら、忘れ物ない?スマホ、財布、鞄は?
「オッケーです」
「勇気もオッケーだよ」
ピンポーンとなった。
「お迎えに上がりました」第二マネージャーの吉田さんだ。
「すぐに出ます」
「よし、では」
と私は正座をして頭を下げる。
「行ってらっしゃいませ」
行ってきます。
行ってくると二人出て行った。
はー。
今日は腰が痛い。やばいな。
〈洗濯が終わりました〉無機質な声がした。
「洗濯、もうやること多すぎ!」
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