愛のお花を咲かせましょう

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国王陛下の住まう王宮には 側室を侍らせている後宮が存在する 有史以来それは代替わりのたびに刷新され 時の君主の嗜好に合わせて人が集められている 今の国王陛下の御世は長く五十年近くになるが 後宮にまつわる噂は様々だ 男しかいない 女しかいない 男も女もいる その数は百人とも千人とも言われ 夜な夜な狂乱に耽っているのなんのという 御歳七十になられる陛下をしてなかなかファンタジックな噂も多く 全貌も真相も国民には知られていない ただ陛下は慈悲深く愛情溢れる方なので 後宮に囲われる身分はさぞかし幸せなのだろうというのが 大半の見解だ 歴代には後宮を廃した国王もいたし そこへ入り浸って失脚した国王もいる 後宮は君主の人となりの一端を写しとる マディーラはその後宮に長く仕え 王宮に出入りする者には広く名が知られている 幼い頃に首都へ連れてこられ その美貌と英知で陛下の寵愛を溢れるほど頂戴し 公式の行事ではその後ろに控えることさえある 長じた今は後宮の一切を取り仕切っていると言われている 彼が首都へ来たのは幼くして家族を亡くして 一人で生きていけなかったからだ グリフォードもそうだった 元々国内で家族のいない子どもたちは 村全体で養っていくのが通常ではあるけれど どこにでも例外はあるし国民全員が親切というわけでもない 地方に行けば行くほど 彼らが孤児になった経緯で差別を受ける 食事も与えられず行き倒れかねない そういう子どもが出た場合に 責任を持てないのであれば早々に首都に連絡する決まりになっている 村に育てられない正当な理由があれば 王宮から差し向けられた担当者はその子を黙って引き取っていくけれど 愛のない村人の仕打ちの結果となれば 様々な指導や負荷が与えられる 首都の情報収集力は想像を超えるので 黙っていたってどうせバレる だから行き倒れになる子どもはほとんどいない マディーラとグリフォードは そんな風に保護された子どもだった 各地を回って子どもを保護し移送する途中で 違う村の出身ではあったけれど道中を共にした グリフォードは先に乗っていたマディーラを見た途端 自分のこれからを悲観していた気持ちが吹っ飛んだ YES!この子と一緒なんて俺はツイてる!! そういう風にさえ思った だってこんなに綺麗な子を見たことがなかったから 無造作に短く切られた髪は銀色で その輝く髪よりも白く輝く肌 長い長いまつげにふちどられた瞳は鮮やかな紫 自分の黒い髪と黒い瞳とは比べ物にならないくらい綺麗だ グリフォードは早速彼の隣を陣取って話しかけた 名前を聞き、歳を尋ねる マディーラは最初はきょとんとしていたものの 首都は遠く暇を持て余していたからか グリフォードの矢継ぎ早の質問にニコニコと答えた 「じゃあ、俺よりちょっと年下だね。マディーラは俺を頼ってもいいぞ!」 「ありがとう。グリフォード」 「グリフって、呼んでもいいぞ。特別だからな!」 「ありがとう。グリフ」 たったそれだけでグリフォードはすっかり舞い上がっていた 四頭の馬に引かせる荷車に乗る旅は一日ではなく 途中の村で宿泊する 大体いつも同じ宿に泊まるからか 向こうも慣れたもので俺たちを歓待してくれて 子どもの好きな食事をたくさん出してくれる おなかが一杯になる幸せでみんなが笑顔になる そんな子どもたちを大人たちは楽しそうに見守っている 「俺たちは、どこへ行くんですか?」 食事を終えると 王宮から自分たちを迎えに来てくれた担当者の周りに座って 子どもたちはようやく質問をする 誰の頭の中にも どこかへ売り飛ばされるんじゃないかとか ものすごく辛い仕事をさせられるんじゃないかとか やっぱりそういう想像がある 王宮からの従者はうんうんと頷いて自分のひげを弄りながら笑う 「首都に行って王宮へ上がり、まずは国王陛下にご挨拶をするんだよ」 「王様に会えるの!?」 「そうだよ。王様は、みんなのことを待ってくださっているよ」 子どもたちは照れたような顔でお互い笑い合っている 自分を待ってくれている そう思うだけで嬉しくなるのは当然だろう 「そのあと、それぞれに合う仕事や生活を見つけよう」 「それぞれに合う?」 「そう。例えば……グリフォード」 「え?」 グリフォードは急に名前を呼ばれてびっくりした 隣に座わるマディーラをはじめ 他の子からも注目されて居心地が悪い 「グリフォードは身体が大きいから、訓練すれば国防に携われるかもしれない」 「本当ですか!?」 「うん。他の子もだよ。君たちの希望と、適性を考えて、一緒に将来を決めよう」 グリフォードは驚いた この国で軍人になれるのはとってもかっこいいことだ 愛がいっぱいないと務まらない 家族を亡くして村からも離れて 自分がそんな仕事につけるかもしれないと考えただけで 嬉しさが溢れてくる 他の子達はグリフォードの幸運に羨望のまなざしを向け そして自分たちの密かな夢を語る 僕はお医者になりたいんだ 私はみんなにご飯を作ってあげたいの 決して恵まれた境遇とはいえない子供たちの抱く夢は ほとんどが愛を与える仕事に就きたいというものだった 従者はそうかそうか、と一人ひとりの頭を撫でながら 嬉しそうに楽しそうに話を聞いていた グリフォードは興奮そのままに隣のマディーラを見た マディーラはニコニコとみんなを眺め グリフォードの視線に気づくと彼にもにこりと微笑んだ ああ、なんて可愛いんだ!! 「マディーラは、どんな仕事に就きたい?」 「うーん、そうだね……」 「ちょっと細いし小さいから、軍人はしんどいかな?」 一緒に軍役に就ければ同じ村で過ごせるかもしれない だけど、マディーラはとても線が細かった 力仕事や体力勝負に適性があるようには思えない 「そうだね。軍人さんは無理かなぁ」 「そっか……。じゃあ、何か好きなことを出来るといいな!」 「うん。だったら、いいよね」 「何が好きなんだ!?」 マディーラは小さな手を頬に当てて首を傾げてみせる 考え事をする仕草さえとっても可愛い 二人のやり取りを従者は見守ってくれていて いつの間にかみんながマディーラの答を待っていた この綺麗な子の夢はなんだろう? 「何が好き……ちょっと、よくわからないけど」 「うん」 「いつか、大好きな人のお嫁さんになりたい」 「オオッッケーーーーイ!!!」 グリフォードは立ち上がって両腕を突き上げた 満面の笑みでマディーラに宣言する 「俺のお嫁さんになりなよ!俺、かっこいい軍人……将軍になるから!!」 何もかもが根拠のない仮定の将来だけれど 俺は今から一生懸命訓練して 絶対軍人になって それからまた一生懸命頑張って そんでもって将軍になるから! 愛がいっぱいある男になるから! だから、そんな俺のところにお嫁においでよ!! グリフォードはつっかえつっかえしながら 真っ赤な顔でマディーラにそうまくし立てた 少年グリフォード、渾身のプロポーズです! その場にいた大人は あまりにほほえましい求婚に笑みをこぼし 子どもたちはおそらく初めて目にする光景に呆気にとられている 大勢の前で今日初めて会った少し年上の男の子に 俺の将来性に賭けて婚約してくれという意味のことを言われて マディーラは面食らった だけど 汗をかきながらそう話すグリフォードが とてもいい人に思えた 自分にたくさん愛情を注ぐと約束してくれる初めての人 マディーラは満面の笑みで頷いた 「うん!じゃあ、将軍になるまで待ってるから、お嫁さんにしてね」 「まかしとけ!!」 「グリフのお嫁さんかぁ。楽しみだな」 「楽しみにしとけ!!」 「うん!」 婚約者誕生 それは満場万雷の拍手で祝福された 今から二十年以上前の話である
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