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「なあ大井。見ちゃったのか、平岩さん」
「え、見ちゃったって何をですか?平岩さんってどこの課でしたっけ?僕、人づきあい苦手で会ったことがなかったんですけど」
「会えるはずのない人だよ。だって五年も前に亡くなったんだ。おれ、葬式行ったもん」
ちょっと待ってほしい。
あれが幽霊だとでも言うのか。
あんなに堂々として、そうだ、足だってあったじゃないか。
ぺたぺたサンダル鳴らして、何ならちょっぴり匂いそうな。
「大井、見なかったことにしとけ。平岩さん見たやつはみんなやめちゃうんだよ。大井は新入社員の中でも仕事できるからさ、困るよ」
僕は細い目をさらに細めて高橋さんを見た。
「また騙そうとしてますか?」
「いやあ、すまなかったって。今度ちゃんと美味いものおごるからさ。とにかく忘れろよ」
高橋さんはそう言い残し、ばたばたと去っていった。
高橋さんと仕事をするのは面白かった。
しかし実にさりげなく仕事を押しつけてくる。
大したことのない雑用ばかりだったし、僕にはつき合っている人もいなかったから、たまに残業を代わるくらいは何ということもなかった。
何より高橋さん自身も常にびっくりするくらいの仕事を抱えていたし、憎めない人ではある。
川島さんも人がいい。
いい人だけど無口すぎて全部背負い込んでしまう。
何だかどんどん顔色が悪くなってきていて心配だ。
できれば手伝いたいけれど、僕もいっぱいいっぱいだった。
同期の連中が次々にやめていったからだ。
問題は課長にあった。
ずっと指示を出しているが、本当にその時に必要なことがどれくらいあるか。
そのせいで仕事がはかどらないけれど、表向きは頑張っているように見えるから文句を言った方が悪く見える。
いっそ極悪人だったらあきらめもつくが、仕事さえ絡まなければ善人だ。
出るに出られない課長沼に足を突っ込んでしまい、延々と生命力を削られる毎日だった。
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