憎しみは雪のように

1/2
前へ
/2ページ
次へ

憎しみは雪のように

 一年前もこんな雪の日だった。あの日、付き合っていた彼が、スリップ事故を起こして死んでしまったのだ。  その頃私は陶芸を習うため、地元の公民館で開かれているカルチャースクールに通っていた。大林と言う名の講師は私よりも一回りほど年上の男性だ。隣県に工房を構え、飲食店や料亭などから依頼を受けて器を作るプロの作家さんだった。週に一回こちらに出張し、陶芸を教えてくれる。甘いマスクと柔らかな物腰は女性受けがいいようで、受講する女性の大半はその講師が目当てと言っても過言ではなかった。  本気で陶芸が習いたくてこの教室に通い始めた私は、そんな不純な動機でやってくる女たちを軽蔑の眼差しで見ていた。ところが通えば通うほど、私は大林の魅力に取り込まれていった。  それでも相手は妻子持ちだし、講師と生徒という関係なのだから、変な気は起こさないでおこう、と頭では決めていたはずなのに、心のほうはぐらぐらと揺れ動きっぱなしだった。  これが英会話だとか、書道あたりならそうでもなかったのだろうが、陶芸は指導を受けるときに手が触れ合うのだ。太くたくましい手が私の手を包み、轆轤の上の、水でぬるぬるになった粘土を持ち上げ形作っていく。そして、上手にできたねと優しい笑顔で褒めてくれるのだ。ときめくなと言うほうが無理な話だ。  たまりかねて私は親友のマキコに相談をした。彼女は考える間もなく私の背中を押してくれた。妻子持ちだろうが講師だろうが、好きと言う気持ちには正直になるべきだと。そして、あんたを悩ませているのがどれほどのいい男なのか一度見てやるわと言って、彼女も陶芸教室に通うようになった。初日の帰り道、彼女はニヤニヤしながら、そりゃあんたが惚れるのも無理ないわ、と言ったことは今でも覚えている。  その後、親友の応援もあって私は大林と付き合うようになった。彼は県外から通ってきていた。だから会うのも私の地元と決まっていた。陶芸教室のあと食事をし、ホテルに行く。週一回の逢瀬はこの上なくスリリングで楽しかった。不倫と言う関係上、おおっぴらに出歩くこともできなかったが、それでも私は満足だった。こんな日がいつまでも続くとは思っていなかったが、終わりはあっけなく、それも予想外の形で訪れた。  深夜に鳴った携帯の着信音。液晶画面にはマキコの名があった。彼女とはメッセージのやり取りがメインで電話をかけてくることはめったにない。胸騒ぎを覚えつつ電話に出ると、大林が事故で亡くなったと知らされた。昼過ぎから降り積もった雪が夜になって凍結し、それで車がスリップをしたらしい。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加