夢の澱

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久しぶりにこんな幸福感の中で目を覚ました。子どものころ、思い出せないけどすごく幸せな夢を見た後に目覚めたときのような心持だ。  次に感じたのは、肺の中全体をホワホワと包み込む温かい空気だった。まるでクリームをかき回しているかのように、べったりとした感触が残る。ヒクヒクと匂いを嗅ぐと、甘じょっぱいような匂いがする。そして、ピンク色の朦朧と輪郭の定まらない光が溢れている。  なぜ自分がここにいるのか、どうしてこんなことになったのか、まるで思い出せない。現実でも夢の中でもこんな場所には来たことが無いはずなのに、知っている気がする。こんな曖昧で不安な空間の中でも、なぜか安心して眠れるような気持ちがする。自分の手を見ようとした。だが、どうもこの場所の中では自分の体というものは存在しないらしい。ただ、回りの様子を近くすることはできるのに、それを感じるはずの器官を持っていない。そればかりか、自分を存在せしめる肉体が無いはずなのに、ぼんやりとした自我や思考があることを認識できる。自分が今ここにいるらしいということが分かる。  どれほどの時が流れているのか、そもそも時間というものが流れているのかも分からない空間で、ただ空間を知覚しているということは、時間も必然的に存在しているのではないか、という摩訶不思議なところに漂っている。    その不思議な空間(便宜上空間と呼ばざるを得ない)にひらひらと漂うものがある。重力にも引力にも支配されないそれは、脂肪酸結晶の薄片のように脆く薄く、そしてプリズムのように七色に光を反射している。それが、雪のようにしんしんとその空間を埋め尽くしていく。  その薄片のひとひらに触れようとした。しかし、肉体が無い。触れようにもその柔らかさを感じる触覚も物体を掴む手もない。とても、言葉では言い表すことのできない感覚である。ただすぐに、その雪のような薄片が何であるか知ることになった。  その微小な光の一欠片には、ビジョンが入っていた。
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