F(エフ)星の記憶

1/11
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
ハルは長く暗い心のトンネルの中を今も抜け切れずにいた。 遠く光の届かない記憶を探し求めながら.. e8b85b01-6925-4c89-99af-e4a703f4c0f3Prologue(序章) ★1999年冬    小包と一緒にその手紙が舞い込んだのは、母の四十九日の法要を終えて一週間ほどの十一月半ばの昼下がりであった。午後の陽射しは朝のそれとは一転して澄み渡るような紺碧の空が拡がった    その日は レギュラーの月刊誌の校了前日で、早朝から四ッ谷の印刷所を飛び回るほどの過密なスケジュール。 機械的に身体を動かしていたせいか、さりげなく机上に置かれたその小包が*ハルにとって特別な意味を持つことになろうとは想像だにしなかった。 (*橘 春子通称ハル)    原稿の最終チェックの合間に、ほぼ無造作に小包の封を切り一応目だけは通しておこうと軽い気持ちで開けた。    「お元気でお過ごしでしょうか。突然の手紙で驚かせて申し訳ありません。実は急遽ニューヨークから帰国致しました。暫くこちらに滞在致します・・」 見憶えのある黒皮のダイアリーに添えられた一通の手紙。ふと差出人の名前を見て、それまでの全ての体の動きが抑制される一抹の驚きがあった。  そこに記されていたのは、生前母が持ち歩いていたダイアリーに記されていたアルファベット「F」の文字。その時、鮮明に遥かなる遠い記憶が呼び戻され、瞬時にして黒皮のこのダイアリーが紛れもなく母の愛用していたダイアリーそのものであることを確信した。  今、それが自分の手元に届けられ一体自分に何を突きつけようと言うのだろう。手紙には、「どうか最後まで目を通して頂きたく・・・(中略)・・あなたの返事を待っています。」そう、手短かに記されていた...と思う。  本当のところは、淡々と経緯について書かれていたような気もするのだが、四角張ったその文字の一つ一つが蠢いているようで漂白された私の不器用な脳は、それを明確に理解することが出来なかったと言う方がむしろ事実に近いかも知れない。  栞が挟まれたダイアリーのページに、躊躇する想いを消化しきれないながらも指をかけようとしたその時、編集室の外階段から駆け上ってくるバイク急便のエンジン音が、少しだけ拒絶反応を起こしかけていたハルの心に、運良く轟音と融合されて上手い具合に封じ込めてくれた。そしてハルは机の引出しにさっさとダイアリーを仕舞い込むと、バイク急便の彼に最終原稿を渡した。               その夜、ハルは酷く奇妙な夢を見た。この世で最も美しく、神々しく、そしてまたこの世のものとは思えない脅威に満ちた打ち震えるほど恐ろしい夢を…                         ★To be continued
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!