F(エフ)星の記憶

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ee941de3-8225-44c3-a0ac-600bf0624503Chapter4(第四章) ★Peter Cat                                    映画の試写会を見終えて再び地下鉄に乗車する。地下鉄が地上に姿を現したとき、窓の外に映る渋谷の街はまるで涙に濡れたように、ぼやけて見えた。晴れていた筈の空が嘘のように、しかも号泣するように降って来た。 渋谷駅から明治通りを恵比寿方面へ向かって歩く。馬券売り場のある並木橋を通り過ぎ、氷川神社の境内がある参道入り口まで来たときだった。神社の境内下で、途切れがちながらも振り絞るように小さな声を耳にしたのは... 眼を隈なくして探すとその声の主は、薄汚れたクリーム色の子猫だった。   雨に打たれ、行き場所を見失ったのか途方に暮れているようだった。私を見上げるその瞳が、救いの手を差し伸べてくれることを切に懇願しているようにも思えた。 その余りの痛々しさに咄嗟に私は、子猫をレインパーカーに包み込んでいた。即座に帰宅して先ず給湯のスイッチを入れ、そのあとミルクを温めた。平らなカップに流し込みながら少しずつ飲ませた。食欲を無くしてはいないようだった。食パンを小さく千切ってミルクに浸けてやりながらゆっくりと食事をさせた。充分に落ち着いたところで、風呂場に連れていき、シャワーのお湯を温めにして、身体全体に附いた汚れた土を洗い落とした。少しだけ、シャンプーもつけて洗い流してしまうと、思っていたよりも真っ白に近い毛の色で上品で愛くるしい小猫であった。   「初めましてお嬢さん!」 彼女に挨拶をしながら、今夜の彼女のベッドを作る為にダンボール箱の中に何枚かのバスタオルを敷き詰めた。               夜更けに、バスルームのシャワーの音で目が覚める。ソファーで、つい転寝をしてしまったようだ。ダンボール箱の中の猫を覗き込むと、まるで深い闇にでも堕ちたようにぴくりとも微動だにせずにタオルケットに蹲くまっているのが視てとれた。 しかしその後、少しだけ抱いた不安も直ぐに打ち消された。雪のように真っ白な彼女の微かな寝息が、彼女の安息をそっと私に伝えていた。 キッチンへ行くと、バスローブを身につけたモモちゃんがいた 「お帰りなさい」と私 「あ、うん。起こしちゃった?」とモモちゃんは、申し訳なさそうに言った。「そんなことないよ、実は待ってた..」と私は答えた。 その声に、ピンと来たのか 「ひょっとして、またぁ?」 彼女の顔が、今度は呆れたと言わんばかりの表情に打って変わった。すかさず、「ピンポーン!」と言って私は、その場の不穏な雰囲気を取り去ることに懸命に努力する。 彼女は、どれどれといった風にダンボール箱の子猫に目を向けると、「可愛いいじゃん。」と意外にも陽気な返答をしてきた。でも、直ぐその後に付け加えるように、「捨て猫じゃなさそう。飼い主がいるよ、きっとこの子!」 モモちゃんは、そう言った。確かに毛並みの良さといい、人慣れした性質から野良猫とは思えない予感があった。 そして、よくよく見るとそれほど子猫というわけでもなさそうだった。「ところで、この子、名前はあるの?」モモちゃんは、ココアミルクを温めながら、何気なく聞いた。 名前・・・未だ付けてあげてなかったんだっけ。ご主人様(飼い主)が、何処の誰だか解らない そんな猫を想い浮かべながら、ふっと或る名前が脳裏に浮かんだ。自分の影を失くしてしまい必死に自分の影を探して縫い合わせようとする、ウォルトディズニーのピーターパンを.. モモちゃんが、私の顔を覗き込みながら言う。「また、女の子に男名を付けるんじゃあないでしょうね!」私は、きっぱりとした口調で言う。「この子の名前は、ピーターに決めたよ。」 モモちゃんは、一瞬呆れた様子の手振りをしたが今度は、もう何も言わずに私の顔を見て、跳びっきりの微笑返しをすると、おやすみの合図をして自分の部屋に入っていった。                  ★To be continued
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