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Chapter6(第六章)★アレキサンダーブルー
テレホンコールの音が鳴り響いている..
こんな夜中に一体誰だろう。そう思いながらも、寝ぼけ眼のまま手探りで受話器を掴む。
「もしもし」未だ、虚ろな意識の状態で脳が覚醒しきれないまま相手の返事を待つ。
「あ、やぁ。」短く答えた男性の声が耳に届くや否や直ぐに彼の声だと理解した。「あ、どうしたの。今、帰り?」
「あー、うん。起こしちゃったかな?ごめん。」「ううん。いいよ、転寝しちゃってたから、起こしてくれてちょうど良かった。
今夜は、ルームメイトも帰って来ないから」「ルームメイトと住んでるの?」「あれっ、知らなかったっけ?ほら、T大の3年のモモちゃん。」「あぁ、あの娘。モモちゃんって言うんだ。」「そう言えば、バイク買い替えたんでしょう?ホンダのCBーF(エフ)だっけ。色は?」「アレキサンダーブルーだよ。」「へぇ~、そんな色あったの。アレキサンダーブルー..ね。」「そう、アレキサンダーブルー」
一体どんな色なんだろう..と宙を見上げて想い浮かべてみる。空の蒼さより、深い海の色より宇宙に近い、そんな色かな。すると徐に彼が言った。「カメラ、買ったんだ。一眼レフ」「うん。実は、私もね。漸く、念願の一眼レフ!仕事でも使うし前から欲しかったし、あ、でも哲ちゃんなんて一眼レフ、いっぱい持ってるのに。また、買ったんだ。」「いや、初めてだよ。」「え..?」
「君、何か勘違いしてるね..」
暫く沈黙の時間があった後、彼が放ったその一言は、私が今の今までいた世界を突如一変させた。
瞬時に受話器が邪悪な蛇のように蠢き、それを振り払うように思わず遠くへ放り投げていた。身体全体が轟音のように震撼した。
時計の針を見ると、午前3時を指していた。その場に30分は呆然と佇んでいただろうか。
何を疑うこともなく話し込んでしまった自分に驚愕さえした。
というより、とっくに別れたはずの彼だったのにその彼と錯覚してそれも有頂天ぎみに話していた自分が酷く情けなかった。世界が急に暗く、重く、深い闇に包まれた気がした。
彼とは、半年前に別れた..というか別れてしまった。会えば、お互いがお互いの心を傷つけてしまう関係にピリオドを打たなくてはいけないと考えたからだ。彼も同調したし、仕事に打ち込む方がその時は何より優先で大切に思えた。
お互いが、熟慮した上で納得してきっぱり会わない硬い約束を交わした。だから、うっかり彼が電話など掛けてくることなど常識的に考えてもあろう筈がなかった。
ピーターが、傍らにそっと体を摺り寄せてきた。搾り出すような声でミャーと小さく鳴いた。
心配させてごめん、ごめん。馬鹿なハル、大馬鹿ハル。泣いてなんかいないよ..でも、熱いものが意に反してどんどん流れてきちゃう。ピーター、変だね。ハルって。ホントに頭が変になっちゃったみたい..
明日は、一緒に張り紙を貼りに行こうね。ピーターの写真も載せて..
飼い主探しに出掛けよう。明日は、晴れるかな?晴れてくれると、いいな。
翌朝は、雲ひとつ無い宇宙まで抜けるような真っ青な空が拡がっていた。
アレキサンダーブルーと言うのかな..ふと、そう思ってみたりしながら、孤高な表情をした蒼い空を見上げた。
近くのコンビニのカラーコピー機で、この小猫の飼い主を探しています!のキャッチコピーと見つけた際の詳細事項を書き込んだ用紙にピーターの写真を貼り付けて何枚か複写をした。コンビニの店長さんにも、事情を話すと、快く店頭のウインドウ硝子に1枚をその場で貼ってくれた。ピーターが迷子になっていた境内の周辺の木々にも貼ってみた。あとは、朗報が舞い込むのを待ってみよう。
公園のベンチで12月の淡い陽射しを背中に浴びながら静かに眼を閉じてみた。落葉した銀杏の葉っぱを鼻に乗せながら遊んでるピーターの姿が浮かぶ。そして、記憶は母の過去に遡り、母のダイアリーの一行一行を、繰り返し追い駆けていた。ひとつひとつのパズルを頭の中で整理しながらも、ハルは未だ、薄暗い闇のトンネルをくぐり抜けられないでいた。
父 降谷 章と、「F」こと根本史哉、そして母、橘 深雪は大学の天文同好会で知り合った仲間だった。なかでも3人は、取り分け仲が良くいつ何処へ行くのも行動を共にしていた。2人は、母より1学年先輩にあたり、父と「F」は、高校からの同級生でもあった。2人は、誰もが認める本物の親友と呼ぶに相応しい固く熱い友情で結ばれていたのだと思う。
★To be continued
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