228人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
「部屋に着いたよ」
啓太から着信が来る前に電話をかけてやった。
『よし、早かったな』
「なんなの?偉そうだね」
『何もなかった?アイツに何かされてないよね』
羽乃は少し迷ってから、思い切って明かした。
「実は、好意を持ってるって言われたんだけど」
電話の向こうから息を吸い込む音がした。
『やっぱだ!だから言ったじゃん!出張も狙ってたんだって、くっそ、上司の立場を利用して卑怯な奴だな』
「それはないと思うけど。ちゃんと付き合えないって言ったよ」
羽乃はベッドに腰掛けて足をパタパタさせた。
『本当に?ちゃんと向こうに伝わってんの』
「大丈夫だと思う」
『羽乃の大丈夫は怪しいからな』
「失礼だな」
『明日も一緒なんだろ?気まずくないか』
「そこは心配ないと思う。佐伯主任は大人だから」
スマホの向こうの啓太が黙った。
『なあ、そいつに告白されたのが数週間前だったら羽乃はどうした?』
羽乃はベッドに仰向けに倒れた。
啓太と倦怠期、もしくは浮気されてセフレ契約した頃だったら…
「あー、もしかしたら付き合ってたかも」
『マジか…』
佐伯が言っていたタイミング。
ほんのちょっとズレていたら……羽乃は左手を翳した。
あの時一度外したこの指輪、二度と嵌めることはなくアプリで販売してたかも。
『こんなこと言うと敵に塩を送るみたいで嫌なんだけど…羽乃を好きになる男は、多分真っ当な奴なんだよ。遊びでなんて考えてない』
「見た目では好かれないって言いたいの」
どうせ地味だよ。
『違うよ。良い女だって言いたいの!』
「へぇぇ、良い女なんだ?私って」
羽乃はうつ伏せになってニヤニヤ笑った。
『でも、俺の事を一番に好きでいてくれよ。繋ぎ止める努力はするから』
羽乃はベッドの上で膝下をパタパタさせながら答えた。
「馬鹿だねぇ、啓太は。意気込みすぎ。もっと肩の力抜いてよ」
『羽乃は俺に努力して欲しくないのかよ?』
「私は啓太のことが好きだけど、無理してまで一緒に居て欲しくないんだよね」
好きだから一緒にいたいのであって、一緒にいるために好きで居なきゃならない、ってのは違う。
そうなったら、きっと今度こそサヨナラだ。
『少なくとも今は無理なんてしてない。羽乃に会えない方が無理』
「うん。私も今、無性に啓太に会いたい」
『…お前、俺に今から高速に乗れとでも言う気か』
「言わない、言わない」
羽乃は笑った。
「明日、絶対迎えに来てね。一秒でも早く会いたいから」
殺し文句を囁いて一方的に通話を終了させた。
最初のコメントを投稿しよう!