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啓太は終業時間になると直ぐに職場を出た。
しかし、廊下で後輩に呼び止められた。
「天地さん、あの、この間言ってたお店に週末飲みにいきません?」
啓太は後輩に頭を下げた。
「ごめん!君には本当に申し訳ないことをした。酔っていたとはいえ、君の気持ちにつけこんで」
「あ、天地さん、こんなところで止めて下さい」
後輩の焦る声が聞こえる。
「けど、もうこれ以上君とは親しくは出来ない。俺は君とは、仕事上の関係以外のものになるつもりはない」
顔を上げた啓太の目に映ったのは、不貞腐れた表情で腕を組む女の姿だった。
「意外とつまんないんですね、天地さんって。…私は知ってましたよ、天地さんに彼女がいるってことぐらい。だからたまに遊ぶぐらいで良かったのに」
啓太は唖然として訊ねた。
「…つまり、セフレってこと」
後輩の女は、まあ、と言って髪を弄くりながら含みのある目付きで啓太を見た。
「間に合ってます」
啓太は踵を返して大股でその場を去った。
啓太は羽乃の職場に向かっていた。
行ってどうするのか何も決めていなかったが、動かずにはいられなかった。
電車を降りた啓太は向かいのホームに羽乃の姿を偶然みつけた。
見たことのない服を着て、楽しそうに笑う羽乃を暫し呆然とみつめる。
側にいる4、5人の男女が飲み会のメンバーだろうか、電車を待っているようだ。
声を掛けようか迷ったが、人でごった返す中で大声を出すことは諦め、スマホを取り出した。
直後、ホームに電車が入ってきた。
啓太は急いで階段を下りて、向かいのホームに向かったが、電車は出発してしまった後だった。
羽乃の姿が消えたホームで啓太は途方に暮れる。
ベンチに腰掛けて荒い呼吸を整えた。
俺は何をしているんだろう。
今夜、羽乃が誰か他の男と深い仲になるなんて確信もないのに。
第一、羽乃はもうセフレ。
縛る権利は啓太には無いのだ。
…違う。
俺は羽乃を他の誰にも渡したくはない。
権利だの資格などどうでも良い。
つまりは、そういう事だ。
啓太はスマホを取り出した。
【今日はどこで飲むの】
暫くして返信がきた。
【○○町だけど、どうかした?】
【偶然、俺も近くで飲んでるから、帰りに待ち合わせしよう】
【今日は遅くなるって】
【遅くなっても良いから】
【最後は友達んちで家飲み予定。泊まるつもりだから】
啓太はスマホを握る手に力を込めた。
【友達って男?】
5分後に返信がきた。
【だとしても啓太には関係ない】
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