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龍の列車は夜を飛ぶ 36
明日からも、夜兎さんと一緒に働けるのが楽しみだな。
明日もあさっても、雨の季節も、夏になっても、夜兎さん、働いてくれるかな。
手元を見詰めながら俺は続ける。
「夜兎さん、あの」
「んん?」
「車掌室、ベッドとかお風呂場、狭いけどほんとに良いの?夜兎さんのお屋敷と全然違うから、長くいるうちに窮屈に感じるかもしれないよ」
少しの間なら、おままごとみたいで車掌室で暮らすのも楽しいかもしれないけど、そのまま長い季節を過ごすにはいかんせん狭い。
自分でみても小さいと思うのだから、あんな豪邸に住んでいる夜兎さんからしたら、暮らしにくいんじゃないか……。
でも夜兎さんは、
「んーん!夜兎、お屋敷のベッドでも隅っこで寝とるわ」
「そう?」
呑気に言う。
確かに夜兎さんは俺のベッドでも寝相良く静かに眠る。
俺だったらあんなベッド、大の字に手足伸ばして寝ちゃうだろうけどな。
そう考えたのが伝わったのか、
「夜兎は車掌室のベッド大好きやからここがええけど、主詠くん広いベッドが好きなら、お休みの日に夜兎のお屋敷にもお泊まりしたらええわ!」
「ええ?い、良いの……?」
「ん!」
夜兎さんが誘ってくれる。
西原さんと辰沙もいるお屋敷で、夜兎さんの部屋にお泊まりするにはまだまだ勇気が要る俺は、へらへらと笑って誤魔化してしまった。
++++++++++
空を駆けていた車輪が地面を再び捉えた。嵐山国に到着だ。
西原さんのお屋敷の中へ列車を降ろしたら庭を夜兎さんに案内してもらいたくなるし、離れがたくなってしまうから、今回は初めと同じ広場に停車させる。
「夜兎が開けるかかりー!」
うきうきと先頭をきる夜兎さんに続いて、ぶすっとした表情の辰沙が歩いていく。
「辰沙、早う見てみてー!」
「うるさい」
両手に三人分の荷物と、しっかり李天からの土産を抱え込んでいる。全く素直じゃないんだから。
最後に、ゆったりとした足取りで西原さんが外へ向かう。
俺は先回りすると、食堂車の扉を押さえて西原氏を待った。
「……お気付きですよね」
少し声が強張ってしまう。
俺が、本当は何を考えているかなんて、この人にはすっかりお見通しだろう。
一人では列車を切り盛りできないのも事実だし、夜兎さんの方からお手伝いを申し出てくれたのも事実だ。
……でも、俺はその申し出を利用して、夜兎さんをこの列車へ留め置こうとしたのだ。
夜兎さんを危険から遠ざけるために。
出過ぎた真似をしたのは判っている。
元々は、夜兎さんは西原さんを護る自動人形であるので、夜兎さんは辰沙と同じように西原さんに帯同し、付き従わなくてはならない。
先の物産展の時は両腕を焼け付かせ、俺が右脚を造るのを手伝った際にも、夜兎さんはへまをしたと言った。なにかが起きて、夜兎さんは右脚を失った。
西原さんとの旅は、夜兎さんにとって楽しいばかりのものではないのだ。
遠くでがらがらと音が響いている。
夜兎さんが昇降口を降ろすのを、辰沙に見せているのだろう。
夜兎さんは昇降口の扱いにすぐに慣れてしまったので、安心して任せていられる。
俺と西原さんは共に、音がする方を眺めた。
弾んだ軽やかなこの音が、夜兎さんが元気いっぱいに楽しさを感じながら働いてくれてるのだと証明してくれる。
「……私は初めから、あの子を用心棒と思ったことはないのだけど、あの子はどうしても辰沙と同じことがしたいようなんですね」
まだ扉の方を眺めながら、西原さんが呟いた。
「色々と無鉄砲に行動することがあっても、夜兎と辰沙では頑丈さが全然違う。いくら造り直せる人形といっても、怪我をするのはあの子の方ばかりで」
扉の先など見えはしないのに、やいのやいのと言い合っている二人が面白くて愛おしくて仕方がないという風に、西原さんは微かに瞳を細めた。
いや、西原氏には見えているのかもしれないな。西原さんのいつも傍に、胸に彼らはいるのだ。
「あの子は、やっとやりたいことを見つけられた。働きたいことができた。勉強させてやってください、きっと頑張れるから」
彼はそのままの瞳でゆっくりと俺を向いた。
「ただ、学んでいく過程で、もしかしたらあの子は『成長』していくかもしれません。これまでにない速度で、あの子は変わってしまうかもしれないのですが……」
西原さんの声に、どうして俺に対するすまなさのようなものが含まれてるのだろうと束の間考え、すぐに理解した。
かっと全身が熱くなる。
西原さんは、俺は夜兎さんの幼さに惹かれているのだと思ってるみたいだ。
……確かに、夜兎さんは青年の身なりにしては言葉遣いや行動が突飛で幼いものがある。
それが大いに魅力的ではあるが、俺は彼があどけないから好きなんじゃない。
それに、夜兎さんは実はそれ程幼くはないと思える。あんなに気立て良く熱心に働いたり、色々考えつける人が、幼いとは言わないんじゃないかな。
顔が熱いけど、しっかり西原さんの目を見返して、
「それでも」
大きく頷く。
そうか。
俺と一緒に働くことで、君を変えてしまうかもしれないんだね。
君がそれを悲しんだり、嫌がらないことを俺は心の底から願う。
そのことによって、俺達の関係が揺らぎやしないか、と西原さんは心配してくれたけど、少なくとも俺は。
それでも。
「ありがとう」
西原さんは普段と変わらない、爽やかで気の良い笑顔のまま、俺の押さえている扉をすり抜けた。
「……いつか、辰沙のことも自由にしてあげたいと思ってるんですよ。どのみち私の寿命は尽きていくけれど、できれば、それよりも早くね」
西原さんがどんな面持ちでそう言ったのが俺には判り兼ねたけど、ふわりと柔らかな、それでいて茶目っ気すら感じさせる音色が俺の耳に届いて、そっと胸に残った。
おしまい
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