龍の列車は夜を飛ぶ 12

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龍の列車は夜を飛ぶ 12

龍の列車は夜を飛ぶ 12 列車についている狭い風呂場でじゃれあって、しっとりしたシーツを張り替える。 下だけ穿いて食堂に向かい、軽食を作ると、再びベッドに戻る。 裸の上に、ふわふわの上着だけを着て壁に凭れ、まだうつらうつらしてる夜兎さんも、食べ物をみると、ぺかんと明るい表情を見せた。 それから昼下がりまで、隣り合って色々な話をした。 これまでもおじさんを介したり、なんちゃってデートである程度の、ものの好みや、互いの周りにいる人々のことは知ってはいたけれど、もう少し踏み込んだ、俺の子供の頃の話や半島のこと、夜兎さんは、西原さんと辰沙に出会う前の話、核だった時の旅の話……何故核になったのか、きよさんの話などをした。 人形の夜兎さんと、龍である俺の人生は複雑に交差して、苦い思いや悲しい出来事を湛えながらも、全てを飲み込みながら流れてゆく深い河みたいだ。 互いの深淵は、まだ闇に紛れて見ることができない。 夜兎さんは隣に居て、いつも無邪気で明るくて、家族思いで、草花の好きな可愛いお人形さんだ。 けれど、一度殺されていて、小さな宝石となって世界のあらゆる美しさ、醜さ、恐ろしさ、優しさをたくさん見てきた。 そして性の奴隷となったり、戦場にて街を焦土となさしめたこともあるだろう。 つい最近では中央でも、物産展で両腕を黒焦げにしてまで議長様と死闘を繰り広げたというのだから。 「その、脚のことだけど」 俺はさりげなく切り出した。 「どうして夜兎さんは停止してしまったの?一体何をして、その脚は壊れたんだい?」 「んー……」 ついさっきまでの、旅の話を聞くみたいに俺は気軽さを装って質問をした。 判っている。 夜兎さんにとって、戦闘人形として生きることはまだ過去のことではなくて、家族……西原さんや辰沙に危険が及べば、夜兎さんは今だって、脚を壊してまで身を投げ出し戦うのだ。 当の西原さん達が止めたとしても。 俺の肩に頭を凭れていた夜兎さんは、弄んでいたソーダ水の瓶から視線を離し、気だるげに頭を動かすと、 「やとがちっと、へましてん」 こちらを見上げてにこっと笑った。 それがころころと冗談を言い合うみたいな、本当に軽々とした話しぶりだったので、俺は人形という不可思議な存在に、憐憫とも畏怖ともとれない、言いようのない感情をいだいた。 やとさんは多分俺がいなくても、充分生きていける。けれど俺は……。 夜兎さんの命を預かることを決めた。夜兎さんのために、新たな道をゆくと決めた。 列車なら、丁度軌道を変えたところ。この先がどうなるかなんて、判らない。 「……そっか。じゃあ」 俺は覗き込むように顔を近付け、気づいた。 夜兎さんの淡い生成りの瞳の中心にも、ほんの僅かだがソーダ水の色合いが混じっている。夜兎さんは気付いてるだろうか。 「じゃあ、この先しばらくはへましないでいてくれよ。俺が自力で夜兎さんを再生できるようになるまで」 目の前の夜兎さんと己にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 触れあっている二の腕の温かさと弾力、この腕がまた壊れる時までには、俺は西原さんの技術を継げているかな。 いや、必ず治せるようになるんだ。 「ん」 夜兎さんは珍しく神妙に頷いてくれた。 「あ、そうだ」 その拍子に文机に目が留まり、俺はベッドを降り包みを手にした。 「俺、夜兎さんにもお土産買ってあったんだった。気に入ってもらえると良いんだけど」 「え?」 ふわふわした灰水色の脚巻きが中から現れると、 「うわ!これ夜兎に!?夜兎に!?」 夜兎さんの瞳はみるみる輝いて、ほっぺたがまたまたぽうーっと赤くなった。 「夜兎さんいつも薄手で寒そなかっこしてるから、足元くらいあったかくして欲しくてさ。せっかく新しい脚ができたんだし、その小指の色とも似合うから、良かったら……」 照れ隠しに早口でべらべら喋る俺を、 「嬉しーーーーーいい!!!」 夜兎さんは感情を爆発させると、 「夜兎、だいじにすんね!!だいじにすんね!!つけてもええ?」 そわそわと脚巻きを広げ、早速つま先を差し入れる。 「あったかーい」 「当たり前だろ。冬はもっと、厚着をするように」 良かった。脚巻きの色は夜兎さんに良く似合ってるし、気に入ってもらえたみたいだ。 「厚着したら、夜兎の身体の線見えんくなるよ?」 立て膝で、脚巻きをした脚を撫でている夜兎さんが、にや、とこちらを見たので、 「脱がせば見えるんだから、別に良いよ」 俺もにやっと見返した。 「ごめんな、夜兎、お土産みたいなの、なんも考えとらんかった、なんかええのないかな」 「良いよ、そんなの」 「よくないー」 そろそろ西原氏と辰沙が戻ってくる頃だと聞き、俺は出発の支度を始めた。 夜兎さんは引き留めてくれたけど、流石に、あの甘い夜の翌日に、恋人の家族と卓を囲む度胸はまだない。 「夜兎、なんかしゃしょーさんにあげれるもん、ないかな」 困ったように小首を傾げた夜兎さん。どうでも気が済まないのだろう。 「じ、じゃあ」 俺は助け舟を出すつもりで口を開いた。 「じゃあ、声を。一度だけ」 「なに?」 「お、俺の名前、しゃしょーさんじゃないんだ。知ってる?」 夜兎さんはぽかんと口を開けたのち、 「当たり前やろ」 唇を尖らせつつ、目元を赤くした。 「俺、夜兎さんが俺のことしゃしょーさんて呼んでくれるのすごく嬉しいんだ。でも一度だけ。名前で呼んでくれたらなって」 「そんでええの?」 「うん」 「別に、一度やのうてもええけど……」 夜兎さんは俺の手を支えに階段を降りていきながら、ごにょごにょと言う。 そして片袖で口元を隠しながら、 「……す、すーぇい、くん、また来てね」 照れ照れと囁いてくれた。 うまく発音できてないのがまた可愛い。 「主詠で良いよ。うん、またすぐ来るね」 夕暮れの空に列車が浮き上がると、強い風が夜兎さんを煽った。 「寒いから、もうお屋敷に入っていなー」 と手振りで伝えるけれど、夜兎さんは構わず唇を動かしていた。なにか喋ってる? 逆巻く風の音で良く聞こえない。 「なんだいー?」 大声で呼びかけると、そうか、そんな大きさか、という風に夜兎さんも声を張り上げた。 「す、主詠、くん!いってらっしゃあい!早よう、夜兎のとこに帰ってきてな!」 曇りひとつない澄んだ瞳で、夜兎さんはまっすぐに俺を見上げてくれている。その足元には、俺の贈ったふんわりした脚巻き。 つま先には、俺の発現させた、ソーダ水を湛えた小さな宝石。 俺は何を迷っていたのだろ。 互いに知らないことがあるのなんて、誰だってそうだ。皆はじめは不安だし、探り探り近付いていくんじゃないのかな。俺達の始まりが、ごっこだったように。 近付いて離れたりを繰り返す。そして、少しずつ、かけがえのない存在になっていけたら良いな。 ……まあ、俺は夜兎さんの許可を得ないまま、だいぶ踏み込んでしまった訳だけど。 夜兎さんがそれを許してくれたことに、今更ながらに俺は深く深く感謝した。 「判った!行ってきます!」 はちきれんばかりの喜びと、感謝を込めて、俺は汽笛を鳴らし夜の近づく空を走り始めた。
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