龍の列車は夜を飛ぶ 14

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龍の列車は夜を飛ぶ 14

人の波が引いたのを見計らい、食堂車の小さな看板をひっくり返すと薄いカーテンを引く。 今日もだいぶ遅めの休憩だ。 毎年花の季節になると、人々が行き交い始めてこの龍の列車は連日目の回るような忙しさとなる。 無論昼食も時間通りにとることはできず、お客様をさばくと大体この時間になってしまう。 余り物の葉物やハムとめしを炒めて焼き飯にすると、一気にかき込む。 目が回るのは空腹のせいでもあったので、腹が満たされると少しだけ落ち着いた。 ここひと月ほど、ずっとこの調子だ。 列車にたくさんの人が乗ってくれて、色々な国へ行けるのは楽しいし、半島が少しでも潤うのは良いことだけど、この期間、俺はほぼ休みもなく列車のことを切り盛りしなくてはならない。 これまでは、そのことに何の疑問もなかったし、車掌室で普段から寝起きしていたので、帰れないとしても全く構わなかった。 けれど……。 匙を置いた手を伸ばして、おじさんの箱を開けるとぺかんと鳴った。 その軽やかな音に、俺の胸は跳ね上がる。 「夜兎(やと)さん」 いつもお昼頃までに、夜兎さんは自分の庭の景色を送っておいてくれるのだ。 世の中が花盛りなのと同じように今、夜兎さんの庭もとても美しいのだ。 『主詠(スェイ)くん、おはよん!今日は風があるから、桜が散り始めそうやね。お庭ではたんぽぽもたくさん咲いとるよ』 滑らかな器みたいな質感の淡い花弁に顔が綻ぶ。 夜兎さんからの言葉が、日々に忙殺されささくれ立つ俺の心を支えてくれていた。 『ああ、夜兎さんの庭今日も綺麗だなあ。いつも送ってみせてくれてありがとう』 返信を打ち込みながら俺は俄に泣きそうになる。 俺も夜兎さんの庭の花見したいよ。 夜兎さんと一緒に。 俺は食堂車のカウンターに突っ伏しつつ、流れていく白い雲に目をやる。 忙しくなってからというもの、ずっと夜兎さんに逢いに行けていない。もうひと月もだ。 青い空の明るさを顔に受けながら、瞳を閉じて夜兎さんの可愛い笑顔を思い浮かべていると、はこのおじさんが再びぺかぺかと鳴る。 俺はがばりと顔をあげた。 すぐに返信が来た日には、この時間に俺たちは少しやりとりが出来る。 半島では電波が入ってこず、俺は自分の時間が出来る頃にははこのおじさんが使えない。 なので、間を空かず夜兎さんとやりとりすることは、とても貴重なことなのだ。 嬉しい俺の目に、夜兎さんの返信が飛び込んできた。 『明日な、夜兎ご用事あるから龍の列車に乗りたいねんけど、明日中央に行った後嵐山国(らんざんこく)まで来てもろうてもええかなあ?』 「え!!」 思わず両手でおじさんのはこを握り潰しそうになる。 「えっえっ待って」 途端に気持ちがあがりだし、みるみる力が漲ってきた。 『も、もちろん!迎えに行くね!』 伝えたい言葉が湯水のごとく湧いてきたけど、簡潔な一文に思いの丈を込めると、 『うん、待っとるね』 夜兎さんからは可愛いマークのついた返信が届いた。俺はじっとしておれず立ち上がり、洗い場を猛烈な勢いで片付け始める。 明日が待ち遠しい。 嵐山国はこの列車の元々の航路ではないため、お客様の中に嵐山国に向かう人か、嵐山国から乗ってくれる人がいないと仕事として嵐山国に寄ることはできないでいた。 でも明日はやっと逢える。 言葉だけじゃなく、夜兎さんの姿が見られるのだ。 『明日、逢えるのすごく楽しみにしてる!少しだけでも一緒に居られると良いな』 俺は夕食の仕込みを始める前にもう一度返信をして、惜しみつつおじさんのはこを仕舞った。 夜兎さん、列車に乗ってお茶する時間があるかなあ。 好きだと言ってくれたソーダ水を飲んでいってくると良いんだけど。 まだ夜遅くまで仕事は続くというのに、俺の心は早くも翌日の夜兎さんのお迎えにそわそわとし始めた。
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