龍の列車は夜を飛ぶ 15

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龍の列車は夜を飛ぶ 15

目を覚まして部屋のカーテンを開けると、窓の外に見えるお山の向こうは仄かに明るく、今日も良い天気になりそうなのが判った。 車掌室にあるのよりは若干広いベッドでひとつ伸びをすると、すぐに朝の支度に取り掛かる。いつもより入念に髪を整え、上等の手袋を選ぶ。 「おっはよ、主詠」 「おー」 階下の食堂へ降りると、先に李天(イェン)が卓について食事をしていた。 俺達は大体仕事の日は同じ時間帯に起きて、李天達が水を汲んだ甕を持って降りてきてくれる間に俺は出発の準備をする。 そしてその水甕を預かってから、列車の運行を始めるのだ。 「今年はどう?もう忙しい?」 「そのことだけどさあ」 弟達が用意してくれた朝飯を掻き込みながら持ちかけると、李天は厚く焼いた玉子焼きにかぶりつきながら、首を傾げてこちらを見返してきた。 「今日俺を手伝っておくと、きっと良いことがあるぜ」 「なになに?どういうこと?」 李天には、お山の水「なみなみ」を毎日小瓶に詰めて出荷したり、中央のお店に大甕で卸したりする大事な仕事がある。 でも今のような花の季節や紅葉の季節など、忙しい時期には一緒に列車に乗って色々と手伝ってもらうこともある。 この冬には、夜兎さんの脚のことをしていた間車掌の仕事を肩代わりしてくれていたりもしたが、奴には奴の目的があるので、まあ、要はいくらこき使っても構わない。 早々に飯を食い、食器を片付けに立ち上がると慌てて李天も付いてきた。 「も、もしかして、嵐山国に行ったりするの?」 猫の目のようにきゅっとした李天の瞳が輝きを帯び、僅かに声がうわずる。 身支度をし歯を磨く間、充分に気を持たせてから、 「いいか、良く聞け」 「うん」 「今日、実は夜兎さん達が列車に乗ってくれる」 「えっ」 「なので、中央へ水甕を届けたら今日は嵐山国に寄る!」 「ええっ!!」 教えてやると、李天はその場で崩折れそうになり俺の腕をがっしりと掴んだ。腕が痛い。 「オ……オレ、黄河(こうが)兄さんにお山が終わったらお前を手伝うって言うよ!!連れてって!!」 「でも言っとくけど、今日はゆっくり話してる暇はないぞ」 「わ……判ってるよ!」 すぐにお山に向かいたくて階段を降りかけたり、土産を用意するため部屋へ登りかけたりと踊っているみたいにうろうろとする様に俺は苦笑してしまう。気持ちは判る。 俺も夜兎さんに逢えると思うと、心は既に踊りだしているから。 ++++++++++ 半島の水「なみなみ」をスープ屋さんに届けると、反対に各地を行き交う人々がどっと乗ってきた。 これは一日仕事になるな。大変だけど、今日もやりがいがある。 俺は李天に発破をかけた。 想い人のできた龍は、春になるとそわそわとして気持ちがあがるそうだけど、暖かくなるとうさうさと、じっとしていられなくなるのはどの種族でも同じらしい。 先をゆくに従って、魔界の者たちも人間達も増えていき、笑い交わしながらそれぞれの目的地で降りていく。 このところは天気も安定し、吹く風も冷たさが緩まってお出かけにはとても良い季節になってきている。 列車の道々、花盛りのお山や清流を通り過ぎると、そこここで歓声があがり、皆はこのおじさんを手にして写真を撮った。 そんな時、俺は列車を地面に近付けてすれすれを飛んであげたり、普通の列車のように車輪を使って人間界の列車用に敷かれた線路を走ってあげたりもする。 列車に乗るお客様は早く目的地に着きたい場合もあるのだろうけど、列車に乗って旅をすることそのものが目的である人もいるのだという。 今どき、もっと速い乗り物も魔方陣もあるので、急ぎたい人はそちらを選ぶ。 列車なんて呑気な乗り物を選ぶのは、そんな理由もあるらしい。 いよいよ嵐山国に入った。 国境近くの森林を越えると、途端に高い建物が林立する都会に近付けてくる。 車輪の音に合わせて俺の鼓動も早まってくる。 隣の李天も明らかに気が散り始めたが、昼食の仕込みの途中なため、二人して昇降口に向かうことは出来かねた。 「お前っ、ちょっとそこにいてくれよ!頼むぞ!」 「ええっ主詠っずるい……っ!!ずるいーーーっっ」 一瞬早く洗い場を飛び出した俺の背中に、奴の恨めしげな声が追いかけてくる。 しかし俺はそれを振り払い、食堂車から駆け出した。 減速した列車の車輪が地面を捉えた。 窓から外を覗くと、すぐに逢いたかった姿を見つけた。 夜兎さんが大きく両手を振って列車を迎えてくれている。 大きな鞄を背負っている。 足元には俺のあげた脚巻き。嬉しい、してくれてるんだ。 夜兎さんは丸窓の内の俺に気付くと、ぴょんぴょん飛び跳ねて弾ける笑顔になった。 その様に、俺も大きく手を振り返す。 小さな丸窓だから、夜兎さんからはよく見えないだろうけど。
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