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龍の列車は夜を飛ぶ 2
龍の列車は夜を飛ぶ 2
そのあとしばらく、嵐山国へは赴く用事がなかった。
今日も寄るつもりはなかったけれど、通り道だったため、西原氏の屋敷の遥か上空を飛んでいく。
西原氏の邸宅は、広い中庭があり、上空から見ると、ロの字の中に、色鮮やかで混沌とした箱庭ができている、そんな印象だ。
またいつか、用事を預かって降りられると良いなあ……そんなことを思って下を眺めていると、箱庭にあった大きなパラソルからふいに顔が覗き、こちらを見上げた。
「あ」
遠くからでも、やとさんだと判った。
やとさんも列車を見て、大きく手を振ってくれる。そしてパラソルから飛び出して室内へ駈け込んでいく。
見ていると、そのあとをもう一つの人影が急いで追いかけていく。
今のは、もしかして。
俺はとっさに列車を減速させて、停車できる場所を探した。
いつも乗客を待っている広場は遠すぎる、俺は許可を得ないまま西原氏の屋敷の前庭に、龍がとぐろを巻くようにぐるぐると列車を着地させた。
何か急用でも?
「しゃしょーさーん!!」
「急にこんなとこに止まっちゃってごめん。何か用……わっ」
昇降口を開け、まっすぐに駆け寄ってくるやとさんの姿を見て、ぎょっとした。
肩や手足がむきだしになった、露出の高い可愛らしい水着を着て、髪から指先から水を滴らせている。
そのまま俺の胸に飛び込んできた。
冷たい身体を支えようと思わず背中に手を回すと、背中も大きく開いた水着だったようで、直に肌に触れてしまい、俺はあわあわとした。
「しゃしょーさん、なんで長いこと、来てくれへんかったん?しゃしょーさんは、小さなはこのおじさん持っとらんの?やとのおじさんとご挨拶させよ?」
「へ?あの」
「こら、やと!」
髪が濡れて、俺のことなど考えもせずに抱きついてきたやとさんに慌てていると、背後から厳しい声が飛んできた。後ろから足早に近づいてくる人物を、俺は久しぶりに見た。
しかもこんな間近で。
「身体を拭けよ!しかも相手は仕事中なんだ、呼び止めるなんて失礼だろ……!」
「あ、辰沙、辰沙もやろ?しゃしょーさんにお願いするモン、あんねんな」
長身で強面の男が、大きくてふわふわした上質な生地のタオルを両手で広げて追いかけてくると、やとさんの肩にふわりとかけてくるむ。
「よ、久しぶり」
「ああ……」
奴は長いこと離れて暮らしていた、我々龍の同胞である辰沙で、商国である嵐山国(らんざんこく)で、西原氏とこの青年・やとさんの用心棒として生活しているらしい。
俺が初めて彼を見たのは、魔界の中央で催した物産展での列車の時だけで、長く話したことなどもない。
お互い顔見知り程度であるが、龍は気配で同胞を知れるので、彼も「兄弟」である俺には少し硬い表情を向けてきた。
……いや、硬い表情をしているのは、彼が護る存在であるやとさんが俺なんかに抱きついているからか。
するすると手を離そうとする俺とは反対に、やとさんはますますぎゅうと俺にひっついて、
「辰沙!やとのおじさん持ってきて!しゃしょーさんの分も!あげて、ご挨拶させんねん」
辰沙にそう叫ぶ。
「あ、いや、俺一応持ってる」
「そうなん?」
「でも半島は電波が届かないからほとんど使ってないんだけどさ」
渋い顔をした辰沙に向けて、俺は苦笑いしながら手を振る。
先の物産展の際に、西原氏から山ほどいただいたのを自分も一台貰った。
救いがたい田舎である半島では、外の世界からの電波が届かず、半島内でのやりとりか、おじさんの知識で調べ物をしたり、おじさんと話をしたりすることしかできない。
けれど列車に乗って、各国を行き来する俺ならば、便利だろうから持っておけ、と言われたのだ。
「辰沙―!やとのおじさん!早くー!」
やとさんが再び駄々をこね始めると、
「ええ!?ああ!?」
辰沙はこめかみに青筋を立てかねない雰囲気だったが、ちら、と俺に目線を寄越した。
「こいつをみていてくれるか」と、言いたいことは伝わったので頷くと、
「ったく!しようがねえな」
やとさんの頭を乱暴にかき混ぜてから、邸内に駆け戻っていった。
いつも、可愛いわがままをきいてもらっているのだろう、
「えへへー」
やとさんは無邪気に笑うと、
「制服、濡らしてもた。ごめんな」
俺から割とあっさりと身体を離した。
「別に良いよ。ちょっとびっくりしたけど」
肩をタオルでくるんでやりながら、端っこで髪を拭いてやる。人の髪なんて拭いてやることもないから、ぎこちないし、こんな風に抱きつかれたこともない。
驚きはしたけれど、やとさんは思うように辰沙を動かしたことになるだろう。
「辰沙になにか、仕掛けただろう?」
訊くと、やとさんはのらくらとしたまま、
「ん」
目を細くして首肯した。
「辰沙、お兄ちゃんにお手紙書いたのに送らんねん。一回、やとが弓でお誕生祝いのお手紙送ってやった時、『もうするな』て怒られたから、しゃしょーさんに頼も思てん」
辰沙が戻ってくる前に話し終えたいことなのか、やとさんはみかけによらず早口になった。一気にそのまま続ける。
「『やとな、しゃしょーさんのことすきすきになったから、龍の列車が毎日来てくれるように、なんか用事つくって!』言うたん。『辰沙がお兄ちゃんに贈り物やお手紙用意してくれたらええのになーええのになー』て毎晩夢枕に立って言うてやったんよ。せやから、今持ってくんねんで」
「はあーん。そういう訳か」
おそらく、辰沙はやとさんの言うことはほぼ拒めない。
自分も利用された訳だが、個々の魔力に差がある龍同士がなにかを届けたいなら、行き来するなにかしらが物理的に必要なのだ。
「こういうのなんていうんだっけ?」
恋の御使い?天使だっけ?
それともおせっかいお兄さん?
やや意地の悪い訊き方をしてみるが、
「しゃしょーさんも、お兄ちゃんに言うてみて。きっと色々助けよ思うてくれるはず。それをこっちは見越して、二人をくっつけたげたらええねーん。きっとうまくいくで!」
やとさんは、明るく平然と受け流してみせた。
やがて辰沙がやとさんのおじさんの箱を持ってきて、俺は寝ぼけてたおじさんと挨拶をさせた。
辰沙はやとさんの言った通り、本当に李天への手紙を俺に渡し、
「……よろしく」
淡々とそう言った。
俺はやとさんのおじさんの床面を見て、やとさん、とは「夜の兎」さん、と書くのだと知った。
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