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龍の列車は夜を飛ぶ 24
さらさらさら。
するするする。
なにかの音がする。
清らかな水音のようだ、と気付く。
瞼の裏は薄ぼんやりとしている。
「……」
そっと目を開けてみると、カーテンの向こうは既に明るくなっていた。
しばらくその明るさを眺めていると、
「!??」
唐突に我に返った。
何故こんなに明るくなるまで眠ってたんだ俺は!寝過ぎだろ!
あまりに眠りが深かったからだ、とても良い夢を見ていた気もした。
いや、あれは夢じゃなくて。
俺は飛び起きて、そのまま部屋を飛び出す。
昨日のこと、どうか夢じゃありませんように。
勢いよく扉を開けると、
「や……夜兎さん!」
食堂車内に呼びかける。
夢だったらどうしよう。半泣きになりそうだったが、俺の声に奥にいた人影がくるりと振り向いた。
ぱああっと弾ける笑顔になると、
「ああ〜主詠くん!おはよーん」
両腕を広げて俺のところへ飛んできてくれるので、
「うわーん夜兎さん、夢じゃなかったあ……!」
こちらも駆け寄って夜兎さんをぎゅうと抱き寄せた。
ああ、確かにこの腕に夜兎さんがいる。
昨日、夜兎さんはてんやわんやな俺を見兼ねて、花の季節の間、一緒に列車に乗って働いてくれるって言ったんだ。
あまりに都合の良過ぎる展開だったので、俺の妄想かもしれないと思ったのだった。
夜兎さんの首筋に顔を埋めてすりすりしていると、くすぐったいのか邪魔っけなのか、夜兎さんは少し身体を離し、
「なあなあ主詠くん、よぉ眠れた?」
俺の瞳を見詰めあげてきた。
「え?」
「昨夜すこーんと寝とったから、ぐっすり眠れたかなあ思て」
そうだ、昨夜夜兎さんとお風呂に入った頃からすごく眠くなって、意識が飛び飛びになったっけ……。
「そうそう、すっごく良く眠れたよ、ありがとう!おかげで身体も軽いし、すっかり充電された……」
蘇った俺は感謝の気持ちを夜兎さんに伝えていたが、途中ではたと気付き大いに頭を抱えた。
「あっ、あ、でもごめん……!!せっかく二人きりの夜だったのに……久しぶりに一緒だったのに〜〜〜俺の馬鹿……!!」
この陽気になってから、ずっと夜兎さんに逢いたくて触りたくてそわそわしてたのに!
あんなに花を欲しがって食べたのに!
眠気が勝ってしまったなんて……。
俺って奴は……!
「ええよぉん。今夜も一緒にお風呂入ろな」
「うん!いやっ俺は、お風呂のその先がしたくて……」
自分の不甲斐なさにがっかりしてしまうが、夜兎さんはにこにこと満足そうだ。
忙しさで寝不足気味でもあった俺が、良い眠りを得られたことを我が事のように喜んでくれている。
なんて優しい人なんだ。
それに、また今夜も一緒にお風呂に入ってくれるって。嬉しいな。
俺が性懲りもなく頬を緩めかけると、俄に外が騒がしくなってきた。
いつも、お山で水仕事をする李天たちがあがってくる時間だ。
俺はその水甕を預かり、毎日中央のスープ屋さんへ届ける。一気に現実に引き戻された気分だ。
急いで身支度を整えると、
「ごめんね、水甕を預かってくるから、夜兎さんはご飯を食べてて」
「んーん。夜兎、スープあっためて待っとる」
「判った、ありがとう。じゃあ、すぐ戻ってくる」
俺たちは短くやりとりを交わした。
俺が爆睡している間に、夜兎さんは豆を漉したスープを用意してくれてたみたいだ。食堂車に良い香りが漂っている。
洗面台で顔を洗った時、洗濯物が風呂場にかかっているのも見た。俺が眠った後に、色々やってくれたことがあるのだろう。
俺の下着もちゃんと干してあった……。
あああ。
俺は赤面しつつ、
「あ、あの。夜兎さん」
もうひとつ夜兎さんにお願いした。
「なに?」
「あの……外を見ても驚かないで、ね」
「?わあった!」
毎朝水を湛えた甕を俺は列車にくくり付ける。
その姿を俺は見せるのが初めてだから、少しどきどきしてる。
外へ出ると、弟たちが集まって今日の仕事を始めていた。「なみなみ」の瓶詰めをしている者の他に、水甕に水を溜めている一同がいて、
「おはよー」
その中に李天もいた。
今日と明日の仕込み分の作物を入れた手付き段ボールを抱えており、こちらへすたすたと近付くとその段ボールを俺にぶち当ててきた。
無理矢理俺は持たされる。
「やっぱり遅刻ー!一晩中いちゃいちゃしてたんだろ!えろい奴め……!」
「誤解だ!ただ俺が爆睡してただけなんだ。なんもできてない!本当なんだ」
「なんでそんなに元気なんだよ!ますますうらやましいー」
李天はぽかぽかと俺の身体を叩きながら、列車の窓をちらちらと見た。
カーテンの奥から夜兎さんの影も覗いてる。
判っている。
この場にいる誰もが、列車に夜兎さんが乗っていることに気付いているが、見て見ぬふりをしているのだと。
俺も、弟達に夜兎さんの可愛らしさを見せびらかしたい。
俺達、これから毎日一緒に列車に乗って、働けるんだぜ〜!と自慢しまくりたい。
けれども、勿論そんな時間的余裕は微塵もない。
「ほらほら、もう預かるぞ。離れて離れて」
「なにをー偉そうに!仕込み分持ってきてやったのオレなのに!幸せものめー!」
俺は抱えた段ボールを一度昇降口の上に置いた。
列車から距離を置く。
息を吸い、大きくとんぼ返りをすると、視界が急激に広がる。
食堂車の中で、一度けたたましい音が響いた。夜兎さんがびっくりしてひっくり返ったのだろう。怪我してないかな。
龍の姿に変化した俺は、その身体を水の入った甕に巻き付けて中途の車両にどしんと載せた。
すぐに李天達も飛び乗ってくくってくれる。
水甕を離すと俺は人の姿に戻り、
「じ、じゃあ行ってきます!」
今日も列車を浮遊させた。
今日も忙しくなるかなあ。
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