龍の列車は夜を飛ぶ 25

1/1
前へ
/36ページ
次へ

龍の列車は夜を飛ぶ 25

躊躇してしまうと、その扉を開けなくなる。怯むな。 意志をもって扉を開き呼びかけると、 「おまたせ。朝ご飯食べよっか……」 「主詠くーーん!!!」 食い気味に叫ばれた。 カーテンに隠れながらも窓の外を眺めていた夜兎さんは、列車が浮遊したので大興奮で駆け寄ってきた。 体当たりを食らう。 「さっきの主詠くん!??あの、龍、主詠くんやったん!??」 「う、うん」 夜兎さんの唇からおずおずと「龍」という単語が零れてきて、頭をがつんと殴られたようになる。 夜兎さん、あの姿の俺を見て気持ち悪く思ったかな。怖がらせちゃったかな。 俺は目を合わせていられずに帽子の鍔に手をやろうとしたが、 「わ、わ、主詠くんすごいねえ!大っきいんやねえ!」 夜兎さんは俺のそんな後ろ向きな感情など弾き飛ばしてはしゃいでくれる。 「ほんまにソーダ水の色なんやね!夜兎の爪、主詠くんの身体の色なんやねえ……」 きゃきゃきゃ、と楽しそうに笑ってくれて、俺は肩から力が抜けていくのを感じる。 「うん……あの」 「なあに?」 「怖くなかった?」 呆けた声になってしまった。 怯んでいたのも俺で、怖がっていたのも俺だ。 夜兎さんは始めからちゃんと、俺の姿を見たいと言ってくれてて、実際今も両の握り拳を振って、 「全然!夜兎な、お身体触ってみたいねん……!」 力説してくれた。 なんか、ほっとしてしまう。 「ち、中央で水甕を降ろす時、もう一度変化するよ」 「夜兎、そん時お手伝いする!」 朝食の席に着きながら、俺たちは次の停車駅での約束をする。 ++++++++++ いつもは、朝電波の入るところまで行くのが待ち遠しいのに、今日は朝から夜兎さんがいて、言葉を交わしたり一緒にご飯を食べて働ける。 本当に夢みたいだ。 パンとスープの簡単な朝食を済ませると、すぐに中央へ到着した。 スープ屋さんの前に降り立つと、 「おはようございます!」 昨日会った悪魔さん達に、夜兎さんは元気良く挨拶した。 「いつもこの場所に水甕を移すと、お兄さん達が甕を固定してくれるよ。空になったのは、昨日みたいに帰りに回収するよ」 「はあい」 手順を教えたのち夜兎さんから距離を取ると、夜兎さんの瞳が強く輝いた。この後の出来事を鋭く察知したのだ。 俺は再びとんぼ返りをした。 「うわあっ」 夜兎さんは、口元を両手で押さえながらも俺を見上げて、顔をみるみる真っ赤にした。 「すごいねえ、すごいねえ」 盛んに褒めてくれるけど、生憎俺は龍の姿になると喋れない。 ごめんねごめんね、喋れなくなっちゃって。 首を下げて耳を伏せると、 「わあ、素敵やねえ」 夜兎さんは俺の首に抱きついて、たてがみをわしわししてくれる。 手を伸ばして身体の鱗にも触れられる。 一枚一枚をそっと指で撫でて、興味深そうに覗き込まれてしまった。 自分の身体の材料になるものを吟味している様に、俺自身を品定めされている気分になる。 俺の鱗は、君を造るにふさわしいかどうか。 「じゃあまた、帰りに寄ります!」 「よろしくお願いしまーす!」 人の姿に戻ると俺はスープ屋さんに声をかけ、お客様の乗車の準備に取り掛かる。 夜兎さんは昇降口の上げ下げが昨日より上手になり、俺たちは順調に中央を出発した。今日の運行の始まりだ。 ++++++++++ 早い時間のうちはまだ食堂車を使う人は少ないので、各々自由なことが少し出来る。 俺は車内の巡回と点検をして、夜兎さんは風呂場に干していた洗濯物を車掌室……俺たちの部屋に移す、と言って車掌室に戻った。 そういえば俺は昨夜寝落ちしてしまったので、部屋も汚いままだったし、シーツも新しいのに替えてあげられてなかった。 夜兎さんに、俺が寝たままのシーツを使わせてしまったのだ。 そう思い立つと、俺は切符拝見を早々に切り上げて車掌室を覗く。 「あのさ夜兎さん、新しくシーツを替えようか。今のは今夜洗うから……」 扉を開けた途端、強い風が顔にぶつかってきた。 「わ」 部屋の中で多くの洗濯物がはためいている。 狭い車掌室の中に細い紐が張り巡らされていて、そこに夜兎さんが風呂場から移してきた洗濯物を留めていた。 車掌室は狭いはずなのに、窓が大きく開いて青空が見えて、俺と夜兎さんの服が寄り添ったり離れたりしながら踊っている様子はとても清々しく心躍る。 「わあった!シーツどこにあるん?」 「クローゼットの上の棚に!すごいねこれ、この麻紐どこにあったの?」 窓が開いて布がたくさんはためいているので、俺達は自然と大声になる。 洗濯物を干し終えた夜兎さんは、今度はクローゼットを開けて上の棚をがさごそやり始めた。 腰の曲線が艶めかしい。 「これ?夜兎の旅行道具やよ?お部屋でお洗濯するのに使うとるやつ」 「へえー」 西原さんについて長旅をすることもある夜兎さんは、流石旅慣れてるなあ。 休みにまとめて色々やれば良いと思ってる俺とは違う。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加