龍の列車は夜を飛ぶ 26

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龍の列車は夜を飛ぶ 26

列車が今日の運行を始めて二人で働きだすと、昇降口の上げ下げから手荷物運搬、食堂車の準備と、夜兎さんは次々と仕事を分担してくれた。 昨日一応教えはしたけれど、すぐに一人でできるようになっていて俺は驚いてしまう。 「夜兎さん、次食器の準備をお願いできる?座席に並べておいて」 「はい!」 いつもはのんびりほわほわとしているのに、やはり自動人形なのだ、夜兎さんは揺れる列車内を踊るように楽しげに行き来している。 夜兎さんは昨夜庭から摘んできた花々を、花の首のところで切り落とし、水を薄く張った平皿に浮かべて座席に一つひとつ置いていく。 座席の飾りなんだって。 「一日車掌室の花瓶におるより、見てもらう方がお花もええんやないかなあ」 「へえ、綺麗だなあ!」 花びらの雫を指で弾き落としながら夜兎さんはそんな風に言う。 花のある土地を日々走っている俺だけど、その花々を摘んで皿に浮かべよう、なんて発想は全くなかった。 すごくお洒落だ。 今日のは夜兎さんの庭の花だけど、山々や花畑を渡る時、これからは窓から少しだけ花を摘ませてもらおうかな。 「……帰りには、食べても良いの?」 「ええよ」 それを一日飾って、お客様にあげたりしても良いし……夜には俺が食べさせてもらおう。 夜兎さんの白い指で。 ++++++++++ 昨日の西原さん達のように長距離を渡る人はおらず、中央で乗ってきた人数を見るに、今日は昨日ほど忙しくはならないだろう。 それでも早速お茶をしに、食堂車にお客様が入ってきた。顔を見合わせて、今日も頑張ろうと頷く。 しばらくの間は私語もままならず、お互いの持ち場に専念する。 昨日李天や辰沙が仕込みや準備をしておいてくれたおかげで、お食事の注文が重なってもやたらと慌てずに丁寧にこなすことができている。 「おまちどおさま」 配膳はまだおっかなびっくりの夜兎さんが一歩ずつ踏み締めて座席まで行くのを見守る。 どきどきするけど、きっと大丈夫。 夜兎さんが座席まで辿り着いて、お客様と一言ふたこと、笑い交わす。 空いたお皿をお盆に載せて、行きより少し早い足取りで戻ってくると、ちょっと得意げな眼差しを俺に向けた。 俺は大きく頷いて返事とする。 そうだ、もっと、焦らずにいて良いのだ。 なにごともゆったりと、けれど流れは止めずに。 一人じゃ頭が回らなかったけれど、あれやこれやがとても潤滑に巡り始めてる。 勿論、一番変化がみられたのは俺の心持ちだ。 ++++++++++ 「お疲れ様〜!」 夜兎さんがぱたぱたと駆けていき、休憩中のプレートをひっくり返した。 無事昼食時をやり過ごし、今日の食堂車の業務を終えることができた。 賄いの時間も少し早まったけど、今日は余り物が結構あった。 「夜兎さん、今日は余り物のスパゲティでも良いかな?」 もっと美味しいものを作りたてで食べて欲しかったけど、 「ええよ!夜兎、スパゲティ好き!」 夜兎さんは喜んでくれた。 「これに、そこの辛いお野菜足すと、多分美味しいねん」 「そうなの?」 言われて脇によけていた小さな野菜を輪切りにして足してみる。 「確かに、辛いけど旨いね!」 「せやろ。良かった!」 二人で卓を囲み、食事を摂って人心地つく。 夜兎さんは、西原さんについて色んな国を旅してるから、美味しい料理とかたくさん知ってるだろうな。 良かったら、食堂車のメニューについても、良い提案を貰えないかな。 俺でできるものなら、新たなメニューに挑戦してみたい。 「そういえば夜兎さん、西原さんから聞いたけど、列車の勉強してるって本当?」 「あ?西原が?」 「うん」 「ええーっ、西原め!」 昨日聞いたことを話題にすると、夜兎さんは穏やかな物腰にしては珍しく眉を吊り上げて険を含んだ声をあげた。 「なんで夜兎がお話する前に言うねん……!!」 「えと、なんで?夜兎さんも、列車好きになったの?」 夜兎さんは唇を真一文字に結んで黙ってしまいそうだったので、機嫌を損ねて欲しくない俺は話を続けてもらえるよう問いかけてみた。 すると夜兎さんは、はっと俺の目を覗いて頬を染めた。 夜兎さんの中に生まれそうだった不機嫌の種は芽吹かず、意識が目の前の俺に引き戻せたのだ、俺は自惚れてそう思う。 「えっ、うーん、夜兎、主詠くんのお手伝いしたくってえ……おべんきょ始めたん……。あの、まだ、図鑑とかなんやけど……」 食後のソーダ水のストローをいじりながら夜兎さんは照れながら話す。俺は感激して、 「え、ほんと?すごく嬉しいよ!」 すかさず返した。 「夜兎さんがお手伝いしてくれて、昨日から色んなことがぐっと楽になったよ。本当にありがとう」 俺がいつも返信が遅くて、一人であくせくしてるのを見兼ねてとかだったら申し訳ないな、と思いつつ重ねて言うと、 「えーへへ」 夜兎さんははにかみつつ、 「主詠くんも、夜兎の身体のおべんきょ、ありがとね……忙しい時は、お休みしとってええんやで」 俺に水を向けてきた。 「え、散らかしてたの見た?」 「んっ」 俺は朝起きた時、洗濯物が干されてたのも見たし、散らかってた部屋が少し綺麗になってたのも見た。 夜兎さんがその時、俺の机に図面やらねじの試作品やらが散乱してるのを見たのだろう。 そう、俺は一日がせわしくても、夜寝る前にほんのひと時でも夜兎さんの身体のことを学ぶことにしていた。 そうすることで、なかなか逢えない夜兎さんを傍に感じることができたから。 忙しくても、苦にはならなかった。 意識を失うように眠りに落ちるほど、疲労が溜まっているとは自覚してなかったのだ。 「夜兎、まだ壊れんから、平気やよ?」 「わ、判ってるよ」 「毎日ゆっくり寝て、元気になってからおべんきょしてくれたんでええからね」 夜兎さんがさらりと恐ろしいことを言う。夜兎さんが壊れたら、なんて考えたくもない。 俺達は、逢えない時も互いのことを想い合って、互いの役に立ちたくて、互いをかたどるものに触れていたくて、互いに少しでも近づこうと懸命だ。 俺は、そう思っているのが俺だけでないということに涙が出る程嬉しい。 「夜になったら、一緒に図鑑を見ても良い?」 おずおずと夜の話を出すと、 「ええよ!でも、まだゆっくり寝た方がええかも」 夜兎さんはまた気遣ってくれる。 確かに今夜も夜兎さんに優しくしてもらって爆睡してしまうかもしれない。 でも、一日じゅう夜兎さんと一緒にいて、その愛くるしいさまを目にし続けて……うずうずとしてきているのだ。 「……夜兎さんに少しでも触りたいな」 正直におねだりすると、 「ええ?」 夜兎さんは目を丸くして、寝落ちなんかするくせに随分元気じゃないの、と言いたげな顔ばせになった。 「寝不足な車掌さんが運転したらあかんよ!」 「……ですよね」 以前、夜兎さんが眠っている時に言われた言葉を今度は夜兎さん自身にぶつけられ、俺は項垂れる。 「図鑑見るのはええけどえろっちいのはだめ!」 「ですよね……」 そうだよな、お休みの日まで辛抱だ……。 花をもりもり食べてこの気持ちは鎮めるしかない。
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