21人が本棚に入れています
本棚に追加
龍の列車は夜を飛ぶ 27
結局、二日連続で俺は寝落ちしたらしい。
気がつくと布団に大の字に伸びていて、今朝も夜兎さんの姿は傍になかった。
けれど俺の隣に広がるくたくたとしたシーツの皺や、微かに残る優しい香りによって、少し前まで夜兎さんもここに居てくれたのが判って、俺はしみじみと至福を噛み締める。
昨夜は風呂の後、二人で列車の図鑑を見て過ごした。
その後窓から夜空や星を眺めて、やっぱり良い雰囲気になりかけたけど、明日の仕事に障るから、と夜兎さんに押し留められたのだった。
さすが夜兎さん、乗務員の鑑。
のろのろと俺は起き上がり、胸をばりぼりと掻きながらベッドから降りた。
夜兎さんはどこかなあ。
実のところ、離れていた間に妄想していたあれこれはできなかったけれど、久方ぶりに心ゆくまで夜兎さんと甘い言葉を交わし合え、隣り合って夜を過ごすことができた。
一緒に風呂に入り、髪の毛を洗ったり乾かしてあげたり、可愛い寝間着姿を拝んだり、ほっぺたを両手で包んで撫でてあげたり、夜兎さんが唇で俺の頬に触れてくれて……。
何回か口付けまでしてしまった。
今思い返しても、甘酸っぱい気持ちが蘇りじたばたしてしまう。昨夜の夜兎さんの可愛さやいじらしさ、色っぽさが俺の頭や身体の中を駆け巡る。
ああこの幸せ、言葉にできない。
語彙力が欲しい。
素晴らしい夜を思い出しにまにましながら身支度を整え、車掌室を出て夜兎さんを探す。
心なしか、外から鳥の鳴くような声が聴こえる。
ひょいと外を覗くと、夜兎さんがこちらに背を向けてうずくまっているのが見えた。
「どうしたの!?具合が悪いの!?」
扉を開け放ち俺は叫ぶ。
俺の見ていないところで夜兎さんが思いもかけない状態になるのが、俺はたまらなく怖い。
けれど駆け寄った俺に、
「んーん、全然。おはよ」
夜兎さんはくりんと振り向いて笑いかけてくれた。
俺はほっと胸を撫で下ろす。今日も可愛いな。
近付いたことで、夜兎さんは小さなお客様のためにしゃがんでいたのだと見て取れた。
「あっ、すえいくんだ。おーはーよ」
「すえいくんだ。おーはーよ」
向かいには、良く似た姿のちびが二人すごい寝癖のまま立っており、良く似た声で口々に俺を呼んだ。
「丹皓(にこ)!皐羽(さわ)!お前達どうして」
それは、水汲み場の坂の下にあるお屋敷に暮らす双子の甥っ子で、
「お兄ちゃん、すえいくんとこお泊まりしてるの?」
「夜兎、お兄ちゃんやなくて、夜兎やよ」
「やっとくん、すえいくんとこお泊まりしてるの?」
「んっ」
夜兎さんはその双子と親しげに話していた。
子供達は俺の問いには応えてくれなかったので、俺はさりげなく皆の輪に混ざり込み、
「えっ、知り合いなの?」
今度は夜兎さんに訊いてみた。
夜兎さんはにこにこしたまま俺を向き、
「んっ。前の物産展で会うたんよ」
教えてくれた。
「ああ、あの時」
寄ってきた双子の手を繋いで、片方ずつ宙返りさせてやりながら俺は思い出す。
俺自身は送迎のみだったが、せんだって中央で行われた物産展に我々龍の半島は参加し、色々あって西原氏や辰沙と出会ったという話だ。
そこで夜兎さんもちび達と会ってたのかな。
夜兎さんは立ち上がると、
「夜兎、ずっと二人に会って謝りたかってん。せやから、会えて良かったわ」
双子の頭をじゅんぐりに撫でてやり、ぺこんと頭をさげた。
「謝る?」
「んっ。夜兎、かにさんのこと心配やったから……」
物産展に参加していた李天に、その話はきいていたので頷いてあげる。
中央の議長様と夜兎さんは物産展の最終日に、何かの本を取り合って戦ったのだという。
その際、夜兎さんは両腕を酷く負傷して、包帯だらけで帰って行ったって……。
微かに、脳内が鮮やかにちかちか光った。
「ん?」
俺は今、何に引っかかったんだろ?
とても、大事ななにかを思い出そうとしたような……。
時間をかけて考えたら行き当たりそうな気もしたけど、
「平気だよ!かにさんあんよもおてても治ってた!」
「平気だよ!こないだ歩ってシュカぼんのおいわいにきたから」
途中でちび達が夜兎さんに答えだしたので、俺もそちらに注力してしまった。
「ほんま?良かったあ……。ほんま悪いことしたわ」
俺は、俺の知らない頃の夜兎さんが懸念していたことの一つが済んだのだ、ということが判り安堵した。
ちび達があがってきてくれて良かった。
下のお屋敷の方角がにわかに騒がしくなる。
「なみなみ」の仕事で李天やちび達の父親である黄河兄さん達があがってくる時間だ。
「俺は半島に夜兎さんが来ているのばれても良いけど」と夜兎さんを見ると夜兎さんも俺を見返しており、俺達は束の間見詰め合う。
夜兎さんは笑いながら首を横に振った。
まだ内緒が良いんだね。
「丹皓達いないと、父ちゃんさがしにくるかも」
「くるかも」
双子の言葉に、
「二人ともあがってきてくれてありがとな。夜兎さんのことは、父ちゃん母ちゃんには、ひみつにしておいてくれないかな」
俺はかがんで頼み込んだ。
丹皓は取り澄ました顔、皐羽はにやにやしながら、
「うん!」
気前よく返事をしてくれた。
全く信用できない。
「ひみつね」
「ひみつね」
でも、
「夜兎のこと、ひみつにしてもろうてもええかなあ」
夜兎さんがお願いすると、一転双子はてれてれとして、
「ええよお」
「ええよお」
しっかりと互いの両手をきゅっと握った。
それを合図に、
「ばいばーい」
「ばいばーい」
二人はそのまま坂の下へ駆けていく。
俺の兄弟達があがってくる前に、夜兎さんはぱっと車両へ飛んでいってしまったので、俺は朝から奴らを出迎えるような格好になる。
「……絶対バレてると思うけどな、もう皆に」
……恐らく黄河兄と曙紅兄以外は皆知っている気がする。
でも頑なに辰沙に先を譲ろうとする夜兎さんの健気さに、俺はまたきゅんとしてしまう。
++++++++++
それから半月程がすぎた。
夜兎さんが言う通り、眠った分だけ日に日に蘇ってくるのを俺は実感していた。
気力体力ともに充実し、仕事の捗りや集中力も段違いだ。
なにより、夜兎さんが毎日傍にいれくれる喜びが俺の気分を常に爆上げさせた。
朝飯を食べては楽しくて、水甕をくくっては楽しくて、洗濯物を干してもらって楽しくて、食堂車の準備や列車の業務を分担しては楽しくて、昼食時の忙しさもまた楽しくて、遅めの賄いも翌日の仕込みも楽しくて。
お山の端に列車を停めて、食事が済んだら外に出て、そんなに遠くない水汲み場や地区境のお山を案内できたのも楽しくて。お風呂に入って髪を乾かしてもらって……。
これまでの反動も相まって、毎日同じことの繰り返しでも夜兎さんがいるだけで、全てが色鮮やかに塗り替えられるみたいだ。
見慣れた列車内も、何度も行き来した国々の風景も新たに輝きだす。
最初のコメントを投稿しよう!