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龍の列車は夜を飛ぶ 28
けれど、人間でない俺達二人の間にも等しく時は降り積もって、春の花の盛りは確実に過ぎつつあった。
忙しい花の季節の間だけ、という話だったので、花のあと、萌えだした若葉が色濃くなり始めた今、ずっと夜兎さんに甘えているのは悪いよな……。
西原さん達が旅行から戻るまでのお手伝いだものな。
今こうしてたくさん助けてもらってるだけでも贅沢だもの、それ以上を望んじゃいけない。
……一方の夜兎さんはといえば、
「主詠くん、この葉っぱ黄緑色でやわくって、かわええねえ。見るとうきうきするねえ。お花の季節が終わっても、今度は葉っぱの季節で忙しいねんなあ」
花が散った後も、青葉や若い実などを走る先の所々で摘んでは、食堂車に美しく飾ってくれる。
「さぶれのおまけにしよかな」
そして、さぶれの入った袋を縛った麻紐にもみじの青い葉っぱを差してご満悦だ。
何日か前に、夜兎さんは食堂車に置いて売っていた「龍の半島さぶれ」を見て、
「なあ主詠くん」
「なに?」
「これ、箱開けて二、三個ずつ分けて置いてみてもええかなあ?」
と訊いてきた。
「?良いよ」
「おうちへのお土産にはこの箱ええと思うんやけど、何人かにちっとずつあげたり一人でおやつに食べたい、とかそうゆう人用にええかなって」
「そっかあ」
さぶれやお饅頭はいつも食堂車の入り口に箱で置いてあるばかりで、あまり売れることはない。
需要が少ないのだろうと思っていたけど、小分けにすると手に取りやすいのかもしれない。
流石夜兎さん、目のつけどころが違うなあ。
「良いよ、夜兎さんの好きなようにしてみて」
俺がお願いすると、
「余計なこと言うてごめんなあ。全部夜兎がやるかんね」
夜兎さんは拝むような仕草をして、そんな風に言った。
「余計なことじゃないよ。夜兎さんが色々考えてくれて、本当に有り難いよ」
「夜兎、さぶれやおせんべい大好きなんやもん。皆にもおすすめしてみたいわ」
とりなした俺に夜兎さんはころころと笑う。
透明な袋に入れられて籠に並べられたさぶれやお饅頭、おせんべいは、中身が見える為かぽつぽつと売れるようになった。
食堂車に来てくれたお客様が帰りしなに買い求めてくれたり、入り口付近なので、これまで食堂車まで入って来なかったお客様が入りやすくなったみたいで、ついでにきょろきょろと食堂車の中を覗いて行かれる。
新しいことをしてみると、新しい効果が生まれる。
……そんな訳で、始めて列車に乗ってきてくれた日と同様、夜兎さんは列車のことを今後もずっと手伝いたいという押しがすごい。
明確に意志を表明している。
ほとんど圧と言っても良い。
夜兎さんも、ここにいたいと思ってくれてるんだ。
それはすこぶる嬉しいことだけれど、季節が更に進むとじめじめとした雨が続き、むせ返るような夏がやって来る。
そんな中でも、列車に乗り続けることが夜兎さんにできるかどうか……。
++++++++++
忙しい昼食時に、夜兎さんの箱のおじさんがぺかんと鳴った。
夜兎さんは一度、腰にさげていたおじさんを振り向きざま見おろしたけれど、そのままお盆を手に歩いていく。
昼が過ぎて賄いの鶏を揚げ直す傍ら、
「さっき連絡来てなかった?」
尋ねると、
「ああ、せやせや」
夜兎さんははたとしておじさんを手に取った。画面に目を落とすと、
「あっ、西原や」
じきに弾んだ声をあげた。
「ご用事済んだから、そのうち迎えに来てやって!平気やろか?」
「そっかあ……いつ頃が良いだろう?」
夜兎さんはカウンターの向こうに腰掛けて、
「えっへっへー西原に、たくさんお仕事覚えたって自慢したろ!!辰沙にも〜」
頬杖をついて瞳を閉じた。
うっとりとして、離れていた家族との再会を心待ちにし始めた夜兎さんを目にして、俺はちくりと胸が痛む。
ああ、この時が来たんだな。
楽しかったこの日々も、もうすぐ過ぎ去るんだ。
そう思うと、俺は膝からかくっと力が抜けそうになる。
夜兎さんから目を逸らしながら、唐揚げの賄い皿を二つ並べてカウンターを回る。
「わあ、今日の賄いもとっても美味しそうやなあ!主詠くん、お料理できてほんますごいなあ」
「そんなことないよ。お洒落な料理は作れないし、どれも簡単なものばかりだ」
隣に腰掛けると、夜兎さんは今日の賄いも褒めちぎってくれる。
「いただきまあす」
そして、可愛く拝むような仕草をして、賄いを食べ始めた。
もうすぐ終わってしまうなら、最後の日は余り物じゃなくて夜兎さんの食べたいもの作ってあげよう。
これまでの御礼の気持ち。
とても表しきれないけれど。
++++++++++
夕暮れが近づいて、食堂車の片付けや明日の仕込みを始める。
夜兎さんはさぶれを分けてせっせと詰めてくれてから、
「お洗濯物取り込んで、お湯はりしてくるね!」
足取り軽く車掌室へ出ていく。
その隙に、俺は今日の乗車賃の集計を始めた。
この半月分、高額なお給料はあげられないけれど、すごく頑張ってくれたから気持ちだけでも渡したい。
夜兎さんが提案してくれた小分けのさぶれやお饅頭の売り上げは、夜兎さんの分。
そして、夜兎さんが嫌じゃなければまた夏や、もみじの季節なんかにお手伝いに来てもらえたらな。
……でも、一旦お屋敷に帰っちゃったら、もうあんな狭いベッドや風呂は懲り懲りになってしまうかも。
それに、朝早いし毎日余り物の昼食だし、洗濯も俺のものと一緒だし……思っていたのと違って、次はもういいや、って考えてたらどうしよう。
せっかく、列車のこと勉強し始めてくれたのに。
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