龍の列車は夜を飛ぶ 29

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龍の列車は夜を飛ぶ 29

しょげながらお金のことをしていると、 「まだお湯はり早かってんな!もちょっと後で、もっかい行くね!」 勢い良く扉を開けて夜兎さんが戻ってきたので、 「あ、う、うん」 俺は大慌てでお金を掻き集めた。 「あっ、夜兎、お外に出てよか?」 「ううん、夜兎さん、ここに座って」 隣に来てもらうよう促すと、夜兎さんは恐縮しつつもそろそろと傍に寄ってきた。 俺の隣にちょこなんと腰掛けた夜兎さんに、 「これ。半月も本当にお世話になりました。少しなんだけど受け取ってもらえますか」 薄っすい封筒を握らせた。 「え?え?」 きょとんとする夜兎さんに、 「お小遣いくらいにしかならなくて申し訳ないけど。明日までの分が入ってます」 一言つけ加えると、 「え!もしかしてこれお給金!?夜兎に!!?」 「う、うん。ほんとに少しだけど」 「ええ!?夜兎もらわれへんて!」 夜兎さんはあわあわとして封筒を戻そうとしてきた。 「夜兎、お勉強中やもん。まだ全然なんもでけへんかったし」 「そんなことないよ。俺、夜兎さんに来てもらって本当に色んなこと考えたんだ」 眉をさげてしゅんとした夜兎さんの二の腕にそっと触れ、労りと感謝を表す。 そう。 これまで余裕がなかったけれど、改めて気付かされたことがある。 自分一人でやれることの限界。 食堂車のことだけじやなくて、業務内容や運行形態なども一度ちゃんと見直した方が良い。 お客様が、他の移動手段もある中でこの列車を選んで乗ってくれる意味を考えて、自分も含めた過ごしやすさ、働きやすさを考える。 自分が頑張れば良いって話じゃない。 無理を続けて、俺が列車を具現化できなくなったりしては元も子もないのだ。 これからもずっと、列車を走らせていくために。 「もっと真剣に考えてみるよ。夜兎さんに今度お手伝いに来てもらう時までに、もっと働きやすくなるよう、改善します」 目を見て、誓うようにしっかりと宣言すると、俺を見返してくれている夜兎さんの瞳がぺかんと輝いた。 俺を見詰めて、そんなに嬉しそうにしてくれるなんて。 「夜兎、またお手伝いに呼んでくれる……?」 「勿論!」 俺は大きく頷く。 「夜兎さんがお嫌じゃなければ……」 俺が両腿に手を置き背筋を伸ばすと、 「えっえっ、夜兎また主詠くんのお手伝いしたい!嬉しーい!!」 改まった依頼の場などものともせず、夜兎さんは俺に体当たりで抱きついてきた。 全体重をかけられて身体が傾きかけ、慌てて抱き留める。 「わ、わ、夜兎さん、片付け途中だから」 言いながらも俺も嬉しくて仕方ない。 夜兎さんが喜んでくれて、また手伝いをしたいと言ってくれた! 「西原さん達を迎えに行くの、あさってにしようか。それで、その日は思いきってお休みにしよう」 「え!」 「今日帰りにスープ屋さんに寄ってその話をして、明日二日分の水甕を運ばせてもらおうか」 「ええの?」 「休みを取りたい時はいつもそうさせてもらってるんだ。忙しい波も夜兎さんのおかげで過ぎたから、一日お休み作ろうよ」 俺の提案に、夜兎さんは首がもげそうなほど何度も大きく頷いてくれ、 「ん!お休みお休み!主詠くん働き過ぎやもんね!」 大賛成してくれた。 ++++++++++ 「主詠くん、春が終わるからそろそろお花は食べんくてもよおなるんかな?」 「うん、そうかも」 「せやったら、お花も明日摘んだのでおしまいにしよか」 帰りに摘んだ黄色い花を夜兎さんは指で摘んで食べさせてくれる。 確かに季節の巡るにつれて、俺は花を欲しなくなっていた。 でもそれは、常に傍に夜兎さんがいてくれたからじゃないか。また離れたら俺は飢えるのじゃないかな。 摘んだ花をベッドに散らばせて、夜兎さんが一輪一輪つまんでは俺の口元まで持ってきてくれる。 どうしよう、がさつな俺のベッドなのに、すごくお洒落で可愛いベッドに見えてしまう。 お風呂あがりで赤いほっぺをした夜兎さんが俺のベッドでごろごろしながら花や図鑑を眺めて、たまに寄ってきてくれる。 俺も夜兎さんの身体の勉強や自分のことをしながら、夜兎さんに関節を触らせてもらったり、肩を動かしてもらったりする。 こんな夜が明日で一旦終わってしまうのは淋しいけど、また来てもらえるのを楽しみに。 「夜兎さん」 「なあに?」 「相談したいことがあるんだ」 呼ぶと、夜兎さんは四つん這いで戻ってきて、隣り合って腰掛ける。 大きく開いた胸元からなにか見えたけど、そこは堪えて。 「今日まで乗ってくれた中で、この列車で変えられること、夜兎さんが気付いたことがあったら教えて欲しいんだ」 「ん、んっ」 「あのさぶれの小分けみたいに、なにか改良した方が良いところとか、不便に思ったこととか、一緒に考えてくれないかな……」 龍の半島の中では外の世界を行き来することの多かった俺だけど、それでも田舎者であることに変わりはない。 旅慣れている夜兎さんなら、他の列車や移動機などと比べてこの列車の改善点などが見えているかもしれない。 「俺ずっと一人で働いてきたから、自分じゃ気付かないことも多いんだ……よろしくお願いします」 至らなさを正直に打ち明けると、夜兎さんは白さの際立つ胸元を押さえて、 「えっえっ、夜兎の考えでええの?」 「うん」 驚いたように俺に確認をとった。 俺がお願いします、という風にさがり眉で頷くと、 「か、かーしこまりました!」 と、びしりと敬礼してくれた。
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