龍の列車は夜を飛ぶ 30

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龍の列車は夜を飛ぶ 30

明日西原氏と辰沙を迎えに行って、夜兎さんを送っていくことを話すと、 「え!辰沙に会う!?な、なにか届けてもらっても良いかなあ!?ねえ!」 李天は朝っぱらから気分をぶちあげて俺に掴みかかりそうになった。 その手を払い奴の頭を押し遣りながら、 「今夜と明日の朝は来るんじゃないぞ。俺達だって別れを惜しんで、ゆ、っ、く、り、過ごしたいんだから」 俺は凄む。 「ええーっじゃあいつ届けに来れば良いんだよーっ……あっもしかして、今度こそほんとにお邪魔……?」 「判ってんならまじで来るな」 「お兄ちゃーん!!辰沙に、色んなとこ見たって夜兎言うねんな!お手紙あったら届ける〜!!」 俺達がひそひそ声でせめぎ合っている後ろから、夜兎さんの声が明るく響いた。 「うわーん、夜兎ありがとうーー!!」 「絶対お返事書かせるねんな〜〜!」 夜兎さんはと言えば、親達に秘密であがってきたちび達と楽しくおしゃべりしてたけど、俺達が牽制し合っているのを見兼ねて止めに入ってくれた。 「と、ゆう訳で丹皓ちゃん皐羽ちゃん、またなあ。くれぐれも夜兎のこと、ひみつにしてな」 「ええよお」 「ええよお」 「夜兎、いつか議長様にも謝りに行くねんな」 夜兎さんが膝を折り視線を合わせると、 「かにたんにも、丹皓たちおてまみ書いとく」 「シュカぼんのふろしきでとどけとく〜!」 双子は請け負ってくれた。 「あっ、皆先に降りてっちゃった。二人もそろそろ帰ろっか!主詠達のお邪魔になるから〜」 「李天……!」 これ見よがしに李天が三人に声をかけ、双子を急かす。夜兎さんはもうちょっと話をしていたそうだったけど、 「またね。ばいばーい」 「ばいばーい」 双子は顔を見合わせてすたたたと駆けていった。仕事を終えて坂の下へゆっくりと降りていく兄さん達にやがて追いつく。 振り向いた兄さんや弟達が双子のちび達と李天を迎えた。こちらに気づかれると思ったのか、夜兎さんはぱっと俺の後ろに隠れたけど、皆にはやっぱり見つかっちゃってると思うなあ。 ++++++++++ 今日までは通常運行なので、俺達は本日の業務に取り掛かる。 中央でスープ屋さんに水甕を二つ渡し、ここでも夜兎さんは悪魔さん達に挨拶をした。 「また忙しくなったら、お手伝いに来られるんでしょう?」 「夏からはまた車掌さん一人じゃ大変ですもんねえ」 口々に言われ、夜兎さんは俺と視線を合わせないまま、 「えーへへ」 曖昧に笑った。 夜兎さんを曖昧に微笑ませるなんて、由々しき事態だ。 俺は彼らにぐっと顔を寄せ、 「はい!その予定です!」 言い切った。 「ですよねえ」 「またお会いできますように!」 夜兎さんはちょっと目を丸くしたけど、悪魔さん達はうんうん頷いてくれ、手を振りながら列車を見送ってくれた。 お手伝い最後の日も空は晴れていた。 それでも空を渡る雲は多く厚くなってきていて、時折太陽を隠して世界を曇らせる。 雨の季節が近づいている。 「ねえ、今日はまた余り物の賄いになっちゃうけど、明日のお昼は夜兎さんの食べたいもの作るよ」 「え?」 「俺の作れるものならになるけど……食べたいものある?」 車掌室に洗濯物を干してくれてた夜兎さんが戻ってきたので、食堂車の支度をしていた俺は切り出した。 「えっえっ、夜兎は主詠くんの賄い、なんでも好きやねん」 「うん、でも」 首をふるふるされたけど、俺はしつこく食い下がる。せめてもの気持ちだから。 俺の決意が固いのを汲んでくれたのか、しばらく見詰め合ってから、夜兎さんは口を開いた。 「……せやったら、主詠くんと初めてお昼で食べたの、食べたいわ。パンにふわふわ卵とお肉が挟んであるやつ……」 「え?あんな簡単なので良いの?」 「うん!夜兎あれがええわ」 夜兎さんが所望したのは、確か夜兎さんを初めて列車に招待した時に有り物で作ったパンだ。 あの時は夜兎さんに特別な気持ちもなく、ただ休憩中にお昼がまだならと誘ったんだった。 それを夜兎さんは覚えててくれて、また食べたいと言ってくれた。 「判った。じゃあ明日のお昼はあれにしよう」 「やった!楽しみ〜」 きゃっきゃと小さく手を叩く仕草をしてから、夜兎さんも食堂車の準備にかかってくれる。 初めはがっしりとお盆を掴んで、一歩一歩おっかなびっくりだったのに、この半月で夜兎さんは配膳も注文取りもとっても上手になった。 時たま注文を間違えたり、お盆に飲み物を溢してしまったりはあったけど、危ないことなどは起こらず、夜兎さんは良くくるくると働いてくれた。 仕事中だから無駄に話すということはなくとも、車内にいるだけで、夜兎さんの穏やかで軽やかな気配が周りをも明るく照らしてくれるようだった。 俺はその光をカウンター内や、車両の端からとか、離れたところから毎日そっと眺めた。 少しの間、この景色は見られなくなるけど、必ずまた見られますように。 「そういえば主詠くん。昨日言われたことやけどな」 今日はさらだうどんだった賄いを夜兎さんがちゅるんとすする。 「う、うん」 俺ははっとし、紙に書き留めるべくうどんを一気にかきこもうとした。 その手を夜兎さんが意外な力でがしりと掴み、 「まずなあ、主詠くんの労働環境やねん」 俺をきっと睨んだ。 夜兎さんに初めて睨まれた。 「せめて忙しい時にも十日にいっぺん……ううん、七日にいっぺんはお休みして欲しいわ。それに、朝から晩まで休憩ほとんどないのもあかん!」 「う」 「お昼もな。夜兎がおらんと、また一気に済まそうとするんやろ」 「う、うん……多分……」 まず? まず、ってことはかなりあるのかな? 夜兎さんにここまで叱られたことのなかった俺は耳が痛い。 耳が痛いけど、驚きもしつつ、同時にぞくぞくしてしまう。 年上っぽい夜兎さんも良いなあ。 「何が一番忙しいんやろ。やっぱり食堂車やろか」 「そうだね……仕込みとかかな……」 ゆっくり食べろ、と言外に諭され俺も麺をすすりつつ考える。 準備に時間がかかるんだよな……。品数も多いし。 もし仕込みの時間が減らせれば、その分清掃や点検に割けるかもしれない。 「ん?そういえば、どうしてこんなにメニューが多いんだっけ?」 「せや。メニュー数多いねん」 二人で話しているうちに疑問が次々湧いてくる。 「そもそもなぜ」が多過ぎる。これまでいかに漫然と働いていたのか、俺は痛感した。 「確か、寝台車両を使う時に増やしてそのまま……」 なんとか記憶を手繰り寄せる。 「せやけど、夜兎がおる間寝台車両使わへんかったもんねえ」 「うん。滅多に寝台車両は使わないよ。そこまで長い行路は普段ないんだ。物産展や、せんの議長サミットの時のように、あっちこっち巡る時以外は、一番遠くて西原さん達のいる西の果て国までだもん」 「そお」 食器を片付けるまで俺達はあれこれと話し合った。
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