龍の列車は夜を飛ぶ 31

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龍の列車は夜を飛ぶ 31

陽が天頂を越え、西へ傾き始めると、それぞれの停車駅で段々とお客様は降りていく。 無事食堂車の営業が終わると、俺達は清掃と売上の集計に取り掛かった。 明日は久々のお休みなので、仕込みなどはしなくて良いのが有り難い。 夜兎さんはさぶれやおせんべいの小分け袋をせっせと作って、 「これ、減ったら足してや。たくさん売れますように〜」 籠に詰めておいてくれる。 中央も過ぎると今日の業務も終わり、列車には俺と夜兎さんのみになった。 「今日もお疲れ様でした!本当に今日までありがとう!」 深々と頭をさげると、 「わーん!お疲れ様でした〜!」 夜兎さんもぴょんぴょん跳ねてお互いを労った。 ここまで、大変な出来事もなく滞りなく済んだことに達成感が湧いてくると同時に、これで夜兎さんのお手伝いは一旦終了し、嵐山国へ帰ってしまうんだ、と淋しさがじわじわ込み上げてきた。 俺、あさってから一人で頑張れるかな……。 「お風呂の支度、してもええ?お湯はり行ってくんね!」 夜兎さんは今日も嬉々としてお風呂場へ消えてゆく。 一緒にお風呂に入って、同じベッドで眠れるのも、今夜までだ。今夜まで……。 俺はふらりと立ち上がる。 念のため、窓から外を臨む。 ずっと借りていた水汲み場の離れへ降り立とうとしている視界の隅に、曙紅屋敷の屋根がちらりと見えた。 小さな森の向こうだ。 無視したい。 でも誰か見えた。 「主詠くん」 「な……なに?」 さっとカーテンを引き振り向くと、夜兎さんがこちらを見ており、 「夜兎な、帰る前にいっこだけおねがいがあんねん」 もじもじと俺にそう言った。 仕草がちょっと小芝居っぽい。 判ってやってるな。 「なんのこと?」 俺がとぼけると、夜兎さんはにこにこ笑顔のまま近づいてきて、両手で俺のほっぺたをむにっとつねった。痛い。 「おねがい」 可愛く強引に押し切られる。 俺は従順に頷くしかない。 ++++++++++ 陽が落ちた薄闇の中を外へ出ると、昼間と違ってまだ涼しい。 夜兎さんを背中に乗せて空へ浮き上がると、 「ひゃあ〜……!」 夜兎さんは寝そべった姿で足をぱたぱたとさせて喜んだ。 「わあーい、一度乗ってみたかってん!ありがとー!」 ねだられて龍の姿へと変化した俺は夜兎さんを背に乗せて、すいーんと坂の下の曙紅屋敷へと飛んでいく。 本当に一度俺に乗ってみたかったのはあるだろうけど、ほんとは李天のところに行ってやりたかったんだよね。 知ってる。 俺がぶちぶち文句を言ってたから、夜兎さんがお願いしてくれた形にしてくれたんだ。 空気をなるべく動かさず、上階の明るい窓へ向かうと、こっちを見ていた李天が大きく両手を振った。 「わ、わ、ありがとーありがとー主詠ー」 奴は囁きながら分厚い手紙と共に、がっさがさといわせながら野菜か果物らしきものの入った紙袋を夜兎さんに渡す。 「夜兎ーありがとうー」 「お兄ちゃんのお部屋、可愛ええ〜!」 二人はひとしきり小声できゃっきゃとはしゃいだが、むっとしている俺の方を向いて、 「うわーん、ほんとにごめんよお邪魔になって。でもこれ、どうしても辰沙に届けてほしくて……」 と両手を合わせた。 本当にな!という意志を込めて俺は据わった瞳でぐるぐる鳴いてやった。 喋れないのが幸いだったな。 「ええんよ、ええんよ。夜兎、絶対届けるねんな。おやすみお兄ちゃん」 夜兎さんは紙袋をぎゅっと抱き締めた。しかし俺はとにかく早く戻りたくて、奴を髭でびしばし叩きながら方向を変えた。 「またね」 「うん!またね」 その声音にどことなく別れの淋しさが窺われ、俺の胸はきゅっとなった。 ちゃんと届けてやるから安心しろ、という風に尻尾で頭をぺしぺししていると、 「主詠くんのお部屋、お隣り?夜兎見てみたいわ」 耳元までにじり寄ってきた夜兎さんがわくわくした顔してる。 俺の部屋、見てみたいだって? 後ろも見られる瞳で夜兎さんと目を合わせたけど、俺の部屋はこれまた汚いので片付けしないまま夜兎さんを通す訳にはいかない。 俺がすいーっと李天の部屋の窓辺から離れると、 「えっえっ主詠くん、夜兎今見たい言うたやん!聞いてや!んもー」 夜兎さんはぐいぐいと俺のたてがみを引っ張った。怒りの鉄拳だ。 ふよふよと夜空の運行をしていると、 「ありがとなあ主詠くん」 夜兎さんは再びそう言った。 「夜兎に主詠くんを逢わせてくれたのは辰沙とお兄ちゃんやから、夜兎、どうしても二人の応援がしたいんよ」 俺の胴体にぴったり身体を添わせ、優しくたてがみを撫でつけてくれる。 李天に対し大人げなく怒っていた俺の気持ちは、宥められてすぐに収まっていく。 もう怒ってないよ、と髭を浮かばせて腕を撫でてあげると、夜兎さんはほっと息をついた。 屋根に降り、夜兎さんをおろしてあげると、とんぼ返りをして人の姿に戻る。 夜兎さんはその一連の動きを見逃すまいと凝視したのち、 「ほんま龍ってかっこええねえ!こーんな大っきなるし!」 大声で急に両手を広げそっくり返った。 はずみで足元がぐらつく。 「あ」 「危ない!」 とっさに腰を引き寄せて抱き留めると、夜兎さんは微かに肩をすぼめた。 俺にくるまれる格好になって苦しかったのか、身体を動かして夜兎さんからも俺の身体に腕を回してくれた。 ふーっと長く息をついて、俺の胸に顔を埋め、触れているところを温めてくれている。 そのひと時を互いに味わってから、 「屋根ではしゃぐのは危ないよ。そろそろごはん食べよっか」 声をかけると、 「はあい」 素直に夜兎さんもついてきた。 今日の晩飯はおいもが余ったので、おいものグラタン。 大きい器をオーブンに入れて、好きな分を取り分けることにした。 「わっわっ、美味しそう」 大きな匙で夜兎さんは取り分けてくれ、 「せや。そういえばメニューのことやけど」 突然その話を切り出した。 「メ、メニュー?」 「んっ。手の込んだものが多いけど、もしかしてあれって寝台車両を使う時の晩餐用なんと違う?」 「え?」 頭の中で、夜兎さんの言葉がぐるぐる回る。 確かに、そもそも料理の提供を始めたのは寝台車両の為で、食材を保管したり定期的に調理するには食堂車を常に連結しておかなくては、と思い今に至る。 でも普段、寝台車両は使うものではないし、食材も大体何かしら余りがちだ。 そうか。今出しているものでは、日帰り旅行のお客様には金額的にも物理的にも重すぎるんだ。 だからいつも軽食みたいなものが人気なんだな。 「もしかして……俺の料理、的外れだった?」 目の覚めた面持ちで尋ねてみると、夜兎さんは必死で両手を振る。 「ううん!どれもすごく美味しいねんて!でも……」 「でも?」 「夜兎、主詠くんの賄い好きやねん。ああいう素朴なご飯を出すのはどお?もちろん、寝台車両を使う時は豪華なご飯でもええんやけど……」 夜兎さんの提案に俺はただただ頷く。
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