龍の列車は夜を飛ぶ 32

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龍の列車は夜を飛ぶ 32

「なにか挟んだパンとかスパゲティとかソーダ水とか、純喫茶みたいなので統一したらきっとお洒落で可愛えと思うんよ」 「そ、そうかな」 純喫茶てなんだ? でも旅の多い夜兎さんが太鼓判を押してくれるなら、賄いのような軽めのものを増やしてもいいのかも。 「このおいものグラタンもとってもおいしいわ。夜兎大好き!」 匙を口に運びながら、夜兎さんは褒めてくれる。 「じゃあまた食べてもらえるように、これは新しいメニューにしよっか」 「わあい!」 食後の洗い物を済ませて、夜兎さんがタオルで手を拭いてから俺の手を拭いてくれる。 ふわふわした生地で指を丁寧に、心を込めて拭いてもらえ、俺は感謝の気持ちが湧いてきてどうしても夜兎さんに触れたくなった。 顔を近付け、ふんわり唇を触れ合わせる。 何度も口付けを重ねつつ、手を引いて風呂場へと誘う。 今度は夜兎さんに怒られることはなかった。 ++++++++++ 互いの服を脱がし合い、髪を洗い合う間、俺達は照れくさいのか、高揚を飼い馴らすためか、さっきの夜兎さんと李天みたいにきゃっきゃと笑い合い、はしゃいでいた。 いきなり雰囲気を変えるのは性急過ぎだし、実のところ、夜兎さんはそんなに性的なことが好きではないように見える。 初めて肌を重ねた日、夜兎さんは怖がったのに俺は宥めすかして半ば無理矢理にことを押し通してしまった。 夜兎さんは何も言わなかったけど、俺はそのことをずっと悪いと思っていて、もう夜兎さんの嫌がることはしたくない。 今夜も夜兎さんは俺の身体や髪を泡だらけにして、 「はい、お髪流しまーす。お背中流しまーす」 ざばざばと流してくれ、 「おしまい。はよあったまってや」 自分は湯船からすらっとあがった。 「あ、あの」 「?」 「今夜は俺に洗わせて、夜兎さんの身体……」 いつもは湯船を交代するところだが見上げて頼み込むと、夜兎さんは滑らかな陶器のような白い裸を晒したまま俺をじっと見て、口を噤んだ。 はしゃいでいた空気がみるみる変化する。 そんなことばっかり考えて、と思われてるかな。顔がかっと熱くなる。 夜兎さんは俺が座っていた椅子に腰掛けると、 「どおぞ」 しっとりとした声音でお許しをくれた。 ぼうっとした頭でのろのろと泡を作って肩口から腕の先、胸元から腰、太腿からつま先まで丹念に洗ってあげる。 右脚の小指、ソーダ水の色をした爪に口付けてやると、 「ふふー」 夜兎さんはくすぐったがった。 掌で腰を撫で上げ、胸に触れようとすると、 「あ、あんなあ主詠くんっ、今更なんやけどっ」 夜兎さんは急に俺の腕を掴んで押し留めようとした。 もしかしてまた強引だっただろうか? 「ご、ごめん!嫌ならしないからっ」 しどろもどろになりながら湯桶を手にし、夜兎さんの身体にかけてあげる。 俺の手の感触が残ったら嫌だろう。 「俺、もうあがろうかなっ」 「ちゃうねんっ」 身体を離して風呂場を出ようとする俺の腕をぱっと取って、 「ま、前の時、夜兎聞けへんかったんやけどっ」 夜兎さんは引き留めた。 「夜兎の身体、へんてこかもっ。西原があのっ、色々つけへんかったからっ。お人形って、そうなんやって……主詠くんが嫌やないとええんやけどっ」 「え?」 膝に両手を置いて温かく濡れた身体を縮こめながら夜兎さんはひと息に言う。言いながらみるみる顔を赤らめていく。 「主詠くん、夜兎の身体触ってくれるやんけど、お人形さんやとつまらんかもしれんわ。で、でも……が、頑張るからなんでも言うてなっ」 「えっ、はっ?」 俺は呆気にとられて夜兎さんの顔をまじまじと見詰めた。 ……そのまま身体へと視線を落とす。 自分で発した言葉に自分で赤面している夜兎さんが健気で可愛くって、 「ほんと、すっごく今更じゃんそれ!」 俺は茶化してあげることにした。 「俺、そんなこと気にしたこともなかった」 「そお?」 俺は、夜兎さんがそんなに自分の身体を気にしてるなんてびっくりしてしまった。 夜兎さんの身体、すっきりした造りで痩せすぎてもなく滑らかで、とっても綺麗だから。 夜兎さんの身体をもう一度流してあげて、湯船に浸かる。 二人であったまると、心も緩んで普段胸にしまっていることを言葉にできる気がした。 「夜兎さん、あの、俺とあれこれするの、本当はそんなに好きじゃないよね」 「え」 「頑張らなくって良いよ。それに、へんてこなんて思ってもない。夜兎さんの身体、とっても綺麗だよ」 列車の手伝いをしてくれていた間、夜兎さんはお休みの日まで我慢、と言って寝不足にさせてくれなかった。 抱き合ったり触れ合ったりしてきゃっきゃするくらいは良いけど、そこから先のことは夜兎さんは求めてないのかもしれない。 人形に性欲ってないのかも。 だったら、俺の本能に無理矢理付き合わせるのは可哀想だ。 自分はがしがしと身体を拭いて、夜兎さんはふんわりしたタオルで優しく拭いてあげる。 部屋へ戻って髪を乾かしてあげつつ、 「俺ほんとは、最初の時のこと、夜兎さんに無理強いしちゃったなと思ってて……ごめん」 「えっ」 「夜兎さんが怖がること、したら駄目だった」 ごにょごにょと告げると、夜兎さんの瞳がタオルと湿気の残った髪の間から俺を窺い見た。 目元が赤い。 「……や、夜兎」 はじめは呟くような声だったけど、 「嫌やないもん。主詠くんに触ってもらうん」 しっかりと意思の籠った言葉をくれる。 裸でタオルにくるまって、ベッドにぺたんと座った夜兎さんは、 「あん時かて、別に無理強いやなかったんやで。優しくしてもろた」 何故かちょっと唇を尖らせてむくれているように見えた。 なんでむくれてるのかな。 俺が触るの、嫌なんでしょと訊いたから?性的なこと、好きじゃないよねと言ったから? 俺はそろそろとにじり寄り、 「そ、そおかな」 さっきの夜兎さんと同じ言葉を返す。 「そおや」 タオル越しに、温かな夜兎さんの身体に自分の身体を添わせると、夜兎さんはかっくんと頭を上下させて頷く。 「夜兎、夢見心地やったわ」 両の膝を立てて、そこに顔を埋めてうふふと笑った。
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