龍の列車は夜を飛ぶ 34

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龍の列車は夜を飛ぶ 34

龍の列車は夜を飛ぶ 34 「おお〜い、辰沙、西原ー!」 食堂車の窓から夜兎さんが顔を出し、地面に向かって叫ぶ。 長い列車が見えたか、広場にいた二人のうち一人がこちらに顔を向け手をあげた。 車輪が煉瓦敷きの地面をとらえ、重厚な車体を広場へと滑り込ませる。 列車の動きが停まると、夜兎さんがばくんと扉を開けた。 てきぱきと昇降口を準備する間に、荷物を手にした辰沙と西原氏が近付いてくる。 「お迎えに来てくださり、ありがとう。夜兎、しっかりお手伝いはできたかな?」 「もっちろーん!夜兎、いっぱいお手伝いできたで!」 「お待たせしました。お二人ともお変わりありませんでしたか?」 俺と挨拶を交わすと、西原さんは傍らの夜兎さんに子供にするように声をかけた。 来た時ほどではないけれど、西の果て国はまだ半島や他の人間界の国などと比べてもいくらか涼しい。 二人は行きで羽織った厚手の上着は既に着ていなかったが、俺達よりはまだ厚着をしていた。 「見て見て!夜兎素早くできるで!あと、お料理運ぶのも、お片付けも、ちゃんとできるようになったん!」 「そうかい、主詠さんのお役に立ててなによりだね」 夜兎さんは、自信たっぷりに昇降口の階段をあげさげした後、荷物を運んできた辰沙に寄っていく。 「辰沙辰沙、夜兎な、お山の水汲み場に行ったで!」 「ふうん」 「あと、おちびちゃん達にも会うたし」 「ああ」 「あとー、お兄ちゃんのお部屋も覗いた!」 「……」 大袈裟な身振り手振りで半島で見てきたことを盛大に自慢する夜兎さんに、ぞんざいな返事をしていた辰沙だったが、双子達はともかく李天の話題がでたことで、奴は無言でこめかみをぴくつかせた。 「ええやろええやろー!羨ましい?辰沙も行きたくなった?」 「別に」 「今度は辰沙も一緒に行ったらええんや!な!」 屈託なく纏わりついてくる夜兎さんを、奴はしっしっと邪険にする。 夜兎さんは気にしていない様子だったけど、俺がじっと見ていると奴の方が気後れしたのか、俺に荷物を押し付けて「こいつうるさい」と言わんばかりのしかめっ面だ。 ごめん。 夜兎さんがご機嫌なのは、ちょっと寝不足だからだよ。 昨夜のことを見透かされそうでいたたまれない。 荷物を積み上げ、 「なにか車内で召し上がりたいものがありますか?積んでないものが必要なら、買い出しに行ってきますので」 西原さんに声をかける。 「特には何も。なにか飲み物を頂けたら嬉しいな」 「承知しました。冷たいものと温かいもの、どちらが良いですか?」 食堂車に案内しながら尋ねると、 「じゃあ、私は温かいものを。お前はどうする?」 西原氏は俺の返した荷物を仕舞いに行っていた辰沙を促す。 彼が用心棒としてでなく、辰沙を家族と見做してくれていることが、一族としてしみじみ嬉しい。 「どちらでも」 奴は初め素っ気なく返したが、 「せやったら、夜兎がクリームソーダ作ったる!練習中やから、あいす、えらいことになるんやけど」 喜々とした夜兎さんの声に、 「冷たいお茶」 即座に俺に命令した。 ++++++++++ 列車を浮遊させ、嵐山国へと進路をとる。 俺がお茶の仕度を始めると、夜兎さんもカウンターの中に来てくれた。 カウンターレジ横にあるさぶれの袋を手で示し、 「これな、夜兎が分けとるんやで。可愛えやろ!」 元気よく夜兎さんが主張する。それにかぶせて俺も言う。 「あ、あの、小分けにしたことで、手に取っていただくことがすごく増えたんです!」 「へえ」 「他にも、テーブルに花を飾ってもらったり、夜兎さんには色々考えてもらって……」 それだけじゃなくて、メニューのことや掃除のこと、車掌室の洗濯のことなど、本当に色んなこと、夜兎さんが来てくれてから改善できたことばっかりなんです……。 全部西原さんと辰沙に伝えたかったけど、 「そんでな、夜兎、お給金もろうてしもたん……」 夜兎さんが更に言葉を続けてちょっと困惑の滲んだ表情になったので、 「おやおや」 西原さんも似た顔付きになってしまった。 「本人が望んだのでお手伝いに遣ったのに、報酬を頂いてしまって良いのですか?」 辰沙と向かい合わせに腰をかけつつ、西原氏は気遣わしげな声をかけてくれる。 「なあ。夜兎も、要らん言うたんやけど」 「手伝いたいんだから、ただでこき使えば良いんだ」 夜兎さんも辰沙も口々に言うけれど、俺は手元に視線をやりながらお茶の仕度を続ける。 本人にも話したけど、夜兎さんにお支払いしたお給料は夜兎さんが案を出してくれた小分けさぶれやお煎餅の売り上げが主なので、無理やり捻出している訳では全くない。 むしろ俺からの感謝の気持ちでもある。 盆を運ぶと、西原さんと辰沙が向かい合わせだったところを、夜兎さんが辰沙を無理くりどかして二人を並べて座らせた。 その向かいに俺と夜兎さんも腰をかける。 「美味しい。温まるね」 煎り黒豆のお茶に口をつけ、西原さんがほうと息をついた。 緩やかに微笑まれ、俺は少し緊張が解ける。 夜兎さんもちょっとそわそわしてるけど、俺はもっとそわそわしているから。 「あの」 気持ちの落ち着かないまま、俺は話を切り出す。 「本当に、このひと月くらい、夜兎さんにお手伝いしてもらってとても助かりました」 「それは良かった」 「これまで無理が続いていたと言うか……そのことに気付かずにもいて。それを夜兎さんが気付かせてくれて、反省しているところです」 隣の夜兎さんがこちらを見てる。 ここまで、二人で話し合った流れの通りにきている。 このまま、西原さんに続いてお願いをしようと二人で決めていた。 花の季節が過ぎても、すぐ訪れる夏と秋の紅葉の季節にも、また夜兎さんにお手伝いで列車に乗ってもらえないか。 夜兎さんが戻ってきてくれるまでに、俺は職場環境の改善に取り組むんだ。 ……夜兎さんが戻ってきてくれるまでに? 「それで、あの」 西原さんはカップを手にしたまま俺達を見た。正確には俺の手元を。 辰沙は窓の外を向いている。完全に上の空だ、今のうち。 「夜兎さんはこの列車の様々な仕事をすぐに覚えてくれ、今では請け負ってくれています。……夜兎さんも、これからも働いても良いと言ってくれてて……」 「そうですか」 俺は辰沙に茶々を入れられないよう、慎重に、かつ素早く言葉を選び訴える。 「せやんな。夜兎、これからもたくさんお仕事覚えたいねん」 俺を後押しするように、可愛い身振りで夜兎さんも助けてくれる。 多分、夜兎さんが頼み込めば、西原さんは夜兎さんのしたいことに反対することはないだろう。 でも、俺は、自分で西原さんに話したい。
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