龍の列車は夜を飛ぶ 35

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龍の列車は夜を飛ぶ 35

「夜兎、また夏になったら……」 「このまま、夜兎さんにこの列車で働き続けてもらいたいんです。実は、夜兎さんの冬の制服を縫製してもらうよう頼むことにしていて……」 「へ?」 隣から素っ頓狂な声が聞こえた。 窓の外を見ていた辰沙もつられてこちらに顔を向けたし、西原氏も瞳をぱちくりとさせた。 「勿論、なにかご用事のある時には、こちらのことは気にしなくて良いんです、夜兎さんの都合の良い日だけでも……」 「ん?ん?」 可愛い身振りだったのが、さっきからあわあわした手の動きで焦っている夜兎さん。 俺と示し合わせていた話が途中で展開が変わってしまい、びっくりしているんだろう。 そう、俺は勝手に話を変えた。 目の前に西原氏と辰沙がいるけれど構うものか。 「夜兎さん」 身体ごと隣の夜兎さんを向くと、夜兎さんも彷徨わせていた手を両の膝におずおずと置いて、しゃんとした。 「はいっ」 「俺、夜兎さんと離れている間に色々考えるって言ったけど、言ったけど……」 「んっ」 「一人だと、これまでの考え方から俺きっと抜け出せないよ。多分、なにも変えられない……夜兎さん、列車のこと色々、一緒に考えて欲しいんだ。夜兎さんの力を貸して欲しい」 君を迎えるために環境や働き方の改革をすると大見得を切ったのに、結局泣きつくなんて情けない。 そうは思うけど言っていることは真実だ。 夜兎さんはちょっともじもじしながら、 「夜兎、雨の間、待っとらんくてもええの?あ……明日も主詠くんのお手伝いできるん……?」 控えめに訊いてきた。小さな唇から戸惑いがちに零れた声に、俺の胸はきゅっとなった。 「明日も一緒に働こう」 しっかりと頷くと、夜兎さんは瞳をみるみる見開き、両手を胸に押し当て喜びの面持ちになった。 夜兎さん達人形には、俺達龍や人間の心臓みたいなもので、胸元に「核」っていうものが埋まってるんだって。 それが喜びのために弾んで飛び跳ねないように、胸を押さえるのかな、その仕草が夜兎さんはとっても似合ってる。 夜兎さんの唇が薄く開いて、微かな音色が零れ落ちてきそうな気がした。何?という風に眉をあげて示すと、 「ほんま!??夜兎、明日もお手伝いできるん!?」 夜兎さんは大きく腕を広げ、俺に抱きついてきた。 「主詠くん、ほんまありがとう。夜兎、ほんまは明日もここに居りたかってん!主詠くんと、一緒に居りたかってん!」 そして抱き締めてくれた腕に力を込めてひと息に続けた。 今、俺は胸が震えてる。 夜兎さんが本当に望んでいることを思いきって打ち明けてくれたこと、ずっと言い出すことができないままにさせてしまうところだったこと、でもそれを無事回避できたこと、明日も君と一緒に居られること、その全てに対して。 夜兎さんはすぐに西原さん達に向き直ると、 「夜兎、一生けんめ働きたいねん!主詠くんと一緒に居りたいんや!!」 と勢い込んだ。 両の掌を広げてテーブルに伸して、西原さんにお願いをする姿に見え、俺も慌てて頭をさげる。 頭上で、二人が顔を見合わせているだろうことが容易に想像できる。 きっと、親代わりの西原さんは俺に言いたいこともあるだろう。 けれど、 「……お前、毎日朝早く列車になんて乗れるのかよ。今日は面倒くさいから乗りません、なんて気まぐれなことじゃ務まらねーぞ」 西原さんの代わりに隣の辰沙がねちねち突っかかってきた。 「夜兎、ちゃんと早起きできとったもん!もう、ゲームはお休みの日だけにして、早う寝とるもん」 「ふうーん。じゃ、庭はどうすんだよ」 「に、庭……庭は夜に帰ってきたらちゃんとお世話するもん!二人がおらん間も夜兎達、お庭のお花、見とったんやから!」 「は?元々航路じゃねえのに毎日まわり道してたのかよ。なんつう無駄なことを」 ちくちくと攻めてくる辰沙に、夜兎さんも負けていない。 「そ、そないなこと言うなら〜〜〜、お兄ちゃんからのお土産あげへんからな!!」 李天からの土産を人質にとり、強気で言い放った。 ++++++++++ ベッドの下に押し込めていた大きな鞄を昇降口の手前に運んで、俺達は揃ってカウンターに入った。 自然と各々の仕事に取り掛かる。 明日からまた列車の運行が始まるから、食堂車の仕込みがあるのだ。 季節が進み、西の果て国へ行こうとしていた夜兎さんの服装は少しそぐわなくなってきたので、夜兎さんは今夜だけは一旦列車を降りて、仕度をしてくる。 「この辺の色々、置いてってもええ?」 「もちろん!」 夜兎さんの鞄には他にも洗面道具や日用品などが入っていたけれど、それらはそのまま俺の車掌室に置かれることとなった。 ……明日からも、夜兎さんはここを使ってくれるから。 さっき辰沙が突っ込んできた通り、実は毎晩嵐山国に寄っていたのは寄り道だ。 でも今夜からは西原さんと渋々ながら辰沙も庭のお世話をしてくれるというので、これからも夜兎さんはお仕事中は俺の車掌室で寝泊まりする。 俺は嬉しすぎて小躍りしたい気分だ。 いや、実際少し足取りがふわふわしている。 「なあなあ」 「なに?」 「夜兎のー、冬の列車の制服、造ってくれるってほんま?」 夜兎さんは期待の籠ったきらきらしい瞳で、そんな俺を見てくれる。 「うん」 笑顔を返しながら俺は頷く。 「俺の制服を誂えてくれた兄さんに、夜兎さんの分もお願いしたいと思ってて。勝手にごめん。秘密にしておいて、びっくりさせようかなと思ってたんだけどね」 先にばらすことになってしまい苦笑した俺に、 「えっえっ、夜兎、主詠くんの制服めっちゃ好きやねん!お揃い〜!」 夜兎さんは嬉しい言葉をくれる。 「夜兎さんが寝てるうちに寸法を測っておいたけど、あとでまたちゃんと測らせてくれる?」 「んっ」 「銘珠(みんす)兄さんていって、海辺に住んでるんだ。頼みに行ってくるよ」 俺の脳裏に、懐かしい浜辺の景色が浮かんできた。 自分はお山に暮らす龍なので、海辺の集落へはあまり出向いたことがない。 けれど俺が列車を動かすことになった時、一族で一番のお針子さんである銘珠兄さんに制服を造ってもらいに行ったのだ。 俺の身体にぴったりで、丈夫なしつらいの制服を、兄さんは丹精込めて造ってくれた。 夜兎さんの制服も、上着が必要になる秋口までにできれば良いので、今度のお休みに海辺に行ってみよう。 「あ、あのあのっ」 夜兎さんがなにか言いたげに俺を呼ぶ。顔をあげると、夜兎さんの視線とかちあう。 「よ、良かったらー、そのー、海辺に夜兎も行ってみたいんやけどー」 「えっ」 「ちゃんと寸法測った方がええんならー、夜兎が行って、測ってもろた方がええんちゃうかなー」 手元はてきぱきと動かしつつ、夜兎さんは足元をぱたぱたと足踏みさせて俺におねだりしてきた。 俺はいつでも海辺の兄さん達とやりとりをしている訳ではないから、兄さん達の都合が判らない。 外の人を自分達の集落へ連れてきてくれるな、と思うかもしれないけど、夜兎さんの言うことも一理あった。 俺が掌で測っただけのざっくりしたものよりは、夜兎さん本人を連れて行った方が、銘珠兄さんも正確な寸法が判るというものだ。 兄さんに夜兎さんを紹介したい。 それになにより、あの海辺を、夜兎さんに見せてあげたいな。 「そうだね。うみねこを使って、兄さんに訊いてみるよ」 「わ、わ、やった!」 俺の言葉に、夜兎さんは笑顔になってぴょんぴょん飛び跳ねた。
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