龍の列車は夜を飛ぶ 1

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龍の列車は夜を飛ぶ 1

龍の列車は夜を飛ぶ 1 雨の季節が過ぎ去って、激しいほど暑い夏がやって来た。 今日も陽が昇り、しばらくすると、お山から大甕を乗っけた龍が降りてくる。 ぴかぴかに磨き上げた車体の脇に、その龍が寄り添うと、待っていた皆がその甕を一番後ろに連結してある荷台に乗っける。 弟達はすぐにその荷台に飛び乗ると、大繩で甕の固定を始めた。 「はよ、兄さん。今日も暑いな」 「おう。今の時期は水仕事が気持ちいいぞ」 龍はとんぼ返りをすると、俺の次兄である黄河(こうが)兄さんとなってにかっと笑った。 兄さんのあとを一緒に水仕事をしていた弟達が降りてきて、その中に、李天(イェン)の姿を見つけると、 「そろそろ出るけど、今日はなんかあるか?」 俺は茶化しにかかった。 「こ、これ!毎回こっちから手紙やらなにやら貰っても、迷惑かもしんないけどさ……せっかく採れたからさ……」 一番年の近しい李天は、俺とは違い次代の御屋形様となる尊い使命を持っている「選ばれた」青年だ。 その代償として、片割れを失うという複雑な過去を持っていたが、先日、その片割れが生きており、再会するという奇跡が起こった。 そしてその奇跡に舞い上がり、李天は辰沙(ジンシャ)というその片割れの暮らす嵐山国(らんざんこく)という人間の国への贈り物を、俺に頼むようになったのだ。 「あ、あの、元気でいるなら、良いんだけど。寄り道になっちゃって、ごめん主詠(スェイ)」 迷惑かもしれない、逢えなかったら持って戻ってきてくれて構わない、そうは言うけれど、李天は顔を赤くして期待の籠った瞳で俺に枝豆を木についたままの状態で紙に包んで、紙袋に入れて寄越してきた。 贈り物が枝豆? 「別に、通り道だからいいけど。俺じゃ逢えないと思うから、多分屋敷の人に渡してくるだけになると思うぜ」 「うん。良いよ良いよそれで。よろしくお願いします」 俺が紙袋を受け取って、昇降口を上がると、奴は殊勝にもぺこりと頭を下げた。 前は能天気に明るくて、お坊ちゃん然としたところが多かったのに、今は懸命に「なみなみ」の仕事もするし、辰沙のこともいつも気にかけており、まあ、皆気付いてるんだけど、要は李天は自分の片割れの辰沙が気になりすぎて、革命的な変化が訪れているみたいだった。 この生意気な李天が恋かあ。本人は、まだ無自覚みたいだけど。どうなあ。 ++++++++++ 汽笛を鳴らして龍の列車を浮き上がらせる。 この列車は、俺が実体化させているからくりなので、動力も俺の魔力だ。だから特別混雑しているときでもなければ、車掌の俺が一人で運行している。 道行きも、早朝に中央のスープ屋さんに水甕を届けたあとは、今日のように届け物があれば向かうくらいで、厳密に運行経路が決められている訳ではない。 呼ばれればそちらへ飛ぶし、スープ屋さんがお休みなら、一緒に休んでしまう時もある。 列車には、車掌室も食堂車両も、簡易な風呂もあるので、今はどちらかというと、列車で移動生活などしている気分である。独り身だから、自由気ままだ。 時間通りに中央のスープ屋さんに水甕をおろして、空の分の水甕を受け取る。次に李天からの頼まれ物である嵐山国へと向きを変えた。 李天は、これまで何回かお山でできた作物や手紙を辰沙に送ったことがあるが、これまで俺を介して返事を受け取ったことは一度もない。 まあ、男同士だし兄弟だし、これまで全く音沙汰なかったのが、いきなりぐいぐいこられても引いてしまうかもしれないが、それにしても、ちょっと素っ気なさすぎやしないかと思う。 小柄で明るい髪色をして、猫の目のように表情の変わる李天は幼く見えて、恋の対象にはならないのかもしれないが、だったら逆に早く断ってやって欲しい。 なんとなく、兄貴のような気分で俺は考えつつ、到着した嵐山国の地を踏んだ。 嵐山国の停留場から西原(サイバラ)氏のお屋敷は少しあるが、正面にどかんと聳えた城か会社のようなところなので、迷うことはない。 寄り道は、忙しい時には若干煩わしいが、魔界の中央にも似た賑やかさ、華やかさは俺には少し懐かしく、心がわずかに浮き立つ。 人混みに身をゆだねて歩いていると、自分の向かっている西原氏のお屋敷の方角から、微かに龍の気配が近づいてくるのを感じた。 まさか辰沙か? 不思議に思っていると、人混みを分けて、青空みたいな明るい日傘を差した人物がこちらへ寄ってくる。 くるくると日傘を回して、軽い足取りで俺の目の前で止まると、ぱっと傘を持ち上げた。 「あ」 「しゃしょーさん、こんちは!お屋敷から列車が見えてん」 「そうかあ、こんにちは」 「辰沙も行こ、言うたんやけど、訓練で忙しい言うから、やとだけ来たったん。なんか、ご用事あるかもしれん思うたから」 彼は西原氏の屋敷へ行くと、大体辰沙の代わりだといって出てきてくれる青年だ。 李天によると、やと、という辰沙の主である西原氏の子供のような存在であるらしい。 正直、お屋敷の門の前で短時間会うきりの顔見知り程度だったけれど、屋敷から列車が見えたからわざわざ来てくれるなんて、実際に土産があってよかった、と内心ほっとした。 「そう、あるある。これ李天からなんだけど、辰沙に届けてくれないか?」 紙袋を示すと、 「わあん!やと、お豆大好き!」 やとさんは喜んで受け取ってくれた。 やとさんはひとしきり喜んでいたけれど、俺の視線に気づくと、 「ごめんなあ。辰沙、全然返事とかも返さへんで。やとも西原も、お兄ちゃんにお返事書いたり、龍の半島に逢いに行ったら、言うねんけど」 ちょっと申し訳なさそうな表情になった。 辰沙が半島へ連絡を寄越したのは、黄河兄の子供たちが生まれた時のみだから、本人にはまだ俺達兄弟に対する複雑な感情があるのだろう。俺は首を振りつつ、 「いやあ、こっちこそいきなり李天がしつこくして悪いな。あいつ、なんていうか、双子の片割れに再会できたのが嬉しすぎるみたいでな。まるで恋してるみたいに夢中なんだ」 やとさん達が悪がる必要はないととりなした。ところが、 「えっ、えっ、ううん」 やとさんは驚いた風に目を丸くした。 「ほんまはな、辰沙もめっさお兄ちゃん達のこと話すねん。小さなおじさんで龍の半島や西の龍のことを調べてみたり、お兄ちゃんのらじおもよう聴いとるねん」 「え」 「せやから、全然迷惑なことないねん。辰沙はねじくれまがった照れ屋さんやねん」 「えええーー……」 なんだそれは? お互いに逢いたいのに遠慮したり、意地を張ったりして逢えてないってこと? それに巻き込まれて、俺は毎回贈り物を持ってきてやってんの?そして、目の前のやとさんだって申し訳なさそうにしてる。 俺はなんだか腑に落ちない。
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