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最近元気のないキミだけど、このとっておきのお菓子を見たらきっと元気になってくれるはず。
僕は昔、キミと一緒に食べた、キミが大好きだと言ったお菓子の袋を手に握りしめたまま、キミの姿を探して夕暮れの住宅地を走っていた。晩御飯のいいニオイが漂う空間には電柱の影が落ち、電線の向こう側には赤みががったオレンジ色の空が広がっている。
僕が困っている時、勇気が出ないとき、落ち込んでいる時、そんなときは気がつくといつもキミがそばにいてくれた。
”ずっとそばにいるよ”
そう言って笑うキミの顔はずっと変わっていないはずなのに、僕の目に映るキミの笑顔はいつからか少しづつ曇っていったように思う。
いや。キミはずっと僕と一緒にいてくれると約束したんだ。キミの存在しない未来なんて想像なんかしたくない。だからこれで。これを一緒に食べたら、キミも前みたいに笑ってくれるだろう。そして僕のこの不安な気持ちを吹き飛ばしてくれるに違いない。僕は手にしたお菓子にチラリと目をやると、キミの姿を探して走り続けた。
キミを見つけたのは町はずれにある小さな公園のベンチ。ポツリと一人座るキミの背中はやっぱり元気が無くて。でもこのお菓子を一緒に食べたらきっと。きっと元気を出してくれるに違いない。
「ここにいたんだね」
僕は息を整えた後、キミの座るベンチの空いたスペースに並んで腰掛けた。
「ああ。うん。まあね」
徐々に暗い紫色に変わっていく空を見上げたままキミはそう呟く。
「ねえ。これ。一緒にたべよ?」
僕はお菓子を目の高さに持ち上げてキミに見せると、少し大げさににっこりと笑いかけた。キミも同じように笑って受け取ってくれると思っていたのに、キミの反応は僕が思っていたのとは少し違うくて。キミは僕の方へ顔を向けると寂しそうな笑顔を浮かべてこういった。
「もう行かないと」
「え?まだいいじゃない」
僕は泣きそうになるのをグッとこらえて笑顔をそのままに、わざと楽しそうな声でこう続ける。
「このお菓子、覚えてる?あの時。キミが初めてこのお菓子を食べたとき、あまりに美味しかったからって僕の分まで食べようとしたんだよね。でも僕はお菓子を取られたくなくて、必死に走って逃げたんだ。走りながら食べようとしたけど上手くいかなくてさ。結局あの時、キミにひと口分けてあげるのと、次もこのお菓子を一緒に食べようねって約束することで許してもらったんだよね。それからしばらくこのお菓子ばっかり一緒に食べてたっけ。ふふふっ」
でもキミはそんな僕を、ますます何とも言えないような顔をして見ながら、こう小さく呟いた。
「ごめんね」
「そんなこと言わないで。とりあえず、一緒にお菓子を食べようよ」
僕は笑い顔を作っているものの、両目から熱いものがこみ上げてくるのを止めることが出来ない。涙でぐちゃぐちゃになった僕に手を伸ばすでもなく、寄り添うわけでもなく、キミはまた小さく呟いた。
「でも、もう行かなくちゃ」
「どうしても?」
「うん。どうしても」
「なんで?ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない」
僕は涙を流しながらも、なんとか笑顔を作ったままキミにそう問いかける。だってキミは僕のそばにずっといてくれるって。そう約束してくれたのだから。その約束のおかげで。いや、キミが一緒にいてくれたおかげで僕は今まで頑張ってこれた。辛い時も、悲しい時も。どんな時だって。キミが一緒にいてくれたから。
「ごめん」
「謝るくらいならずっとそばにいてくれればいいいじゃない」
お菓子の袋が僕の手からポトリと地面に落ちた。空の手をもう一度固く握りしめたまま動けない僕にかわり、お菓子をゆっくりと拾い上げたキミは小さな声で僕にこう言った。
「キミはもう立派な大人になったんだよ。だから僕はもう行かなくちゃいけないんだ。僕がいなくたって、キミ一人でなんだってやっていける。だからもう泣かないで。ね」
「お願い。もう少し。もう少しだけ一緒に……」
そう頼み込む僕をベンチに一人残し、キミは小さく何度か横に首を振ると一人立ち上がった。そして手にしていた袋をキミが座っていた場所にそっと置くと、僕に背を向けて歩き始めた。
「せめて。これだけでも。一緒に……」
キミが行ってしまう事はもう止められないとわかっていても、僕はそう言わずにはいられない。するとその言葉が届いたのか、キミは公園の入り口で足を止めると僕の方に振り返った。
「!?」
思わず立ち上がり、喜びを表現しようとしたその瞬間、キミの姿は夜の闇に溶け込むように跡形もなくスッと消えてしまった。
「ああ……」
ベンチに力なく座り込んだ僕はいつまでもキミが消えた夜を見つめ続けた。
ーー
キミに初めて会ったのは幼稚園に上がる前の頃だっただろうか。
泣き虫で意気地なしで寂しがり屋の僕が一人で泣いている時に、どこからともなく現れたキミ。あの頃からキミは今のキミと同じ姿だったね。
キミが『イマジナリーフレンド』という存在だと知ったのは、中学生の頃だった。周りの人間や僕とは違う容姿をしていたし、キミの姿は僕にしか見えていないことは薄々気付いてはいたけれど、そんなことは僕には関係なかった。キミがいてくれる。それだけで僕はよかったんだ。
キミの元気がなくなってきたのは僕が高校に入学した頃だっただろうか。
キミを失うことが怖くて、僕は子どものままでいようと思った。でもどれだけ僕が子供のままでいようと思っても時間の流れは残酷で、僕はいつの間にか望んでもいない大人へと変化していく。時の流れを止めようと思ったことも数えきれないくらいある。でも自らの時を止めてしまうことは、キミとも永遠に会えなくなってしまう事で。弱虫の僕は、そんなツライ決断は出来なかった。だから僕は子どもなのだとキミにアピールし続けた。でもそんなこと、キミにはとっくにバレてたよね。バレないわけがないんだよ。
本当ならもう少し早くお別れの時が来ていたはずなのに。今まで僕と一緒にいてくれて本当にありがとう。
ありがとう。
さようなら。
僕のはじめての友達。
<終>
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