バタフライ

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 あの日以来、萌からの連絡はなかった。 凪は夜空を見上げて星の輝きを見つめていた。 流れ星が綺麗な弧を描いて大地へと降り注いでいた。風が涼しく風鈴を静かに鳴らしていた。 付けられたままのテレビを見ることもなく凪は夜空を見上げていた。  凪が電気を消して寝ようとした時、枕元の電話が鳴った。 凪は電話を取った。 「もしもし、、」 萌の声だった。 「凪。私、明日東京に行くね、、」 凪は黙っていた。 「もしもし、凪。聞いてる?」 「うん。聞いてるよ」 「見送りには来なくていいよ」 「そのかわり時々、おばあちゃんの家に行ってあげてね、、」 「うん、、」 「凪、、元気でね、、」 萌は涙ぐんでいた。 「たくさんの笑顔と思い出をありがとう、、凪のことずっと、忘れないよ、、」 「また、いつか会おうね、、約束だよ」 「萌ちゃん。ありがとう、、」 凪も涙ぐんでいた。 「元気で、、」 「萌ちゃんも元気で、、」 やがて萌からの通話が途切れた。 部屋の中を静寂が包んでいた。 凪は堪えていた涙が一気に溢れ出した。 誰もいない部屋で凪は声を殺して泣いた。 部屋の電気が微かに点滅して凪の啜り泣く声だけが聞こえていた。 萌の笑顔が浮かんでは消えていた。 萌との短い夏が終わりを告げていた。 窓の外では季節外れのアゲハ蝶が暗い夜空の中を静かに舞っていたー ◇◇◇  あの夏から三年の月日が流れていた。 凪は「こもれび」の介護士になっていた。 春の風が気持ち良く空は鮮やかなブルーに包まれていた。 凪は萌に手紙を出すために郵便局を訪れていた。萌からの返事はなかったが凪はそれでも良かった。凪は半年に一度、萌に手紙を出し続けていた。 懐かしい郵便局のポストに手紙を出して帰ろうとしていた時だった。 「凪!」 凪を呼び止める声が聞こえた。 そこには郵便局でアルバイトをしていた時の先輩、戸塚が笑っていた。 「凪、久しぶりだな、、」 「戸塚さん、、」 戸塚は日焼けした顔で凪に眩しい笑顔を向けていた。 「凪、男の顔になったな、、」 「お久しぶりです。」 凪も笑顔を見せた。 「元気そうだな、、」 戸塚は優しい眼差しを凪に向けていた。 「凪。お前はあの時、頑張らなかった訳じゃない、、ただ人の優しさに触れられなかっただけだ、、」 「瞳の奥の優しさはあの頃と変わらない」 そう話す戸塚の目は優しさに満ちていた。 不意に戸塚は凪に右手を差し出した。 凪がその手を握ると戸塚は凪の手を強く握った。 「また、10年後に会おうな」 「はい。必ず、、」 戸塚は凪の手をゆっくりと離すと手を振りながら歩いていった。 「戸塚さん、、」 凪は3年前の記憶が鮮明に蘇っていた。 萌に出会ったあの夏の記憶が凪の脳裏に昨日のことのように思い出されていた。 もう一度振りかえるとあの日と変わらない景色が凪の目に映っていた。 帰り道、凪は萌とよく通った公園に来ていた。子どもたちが元気に遊んでいて公園を囲む桜の樹々は鮮やかな色に染まっていた。 桜の花びらが風に吹かれて散っていた。凪は立ち止まって儚く散っていく桜を見つめていた。 「凪!」 「凪くん、、」 懐かしい声が聞こえた。 凪が振り返るとそこには萌が立っていた。 美しい女性になった萌はあの日と変わらない笑顔を見せていた。 「久しぶり、、」 その瞳にはうっすらと涙がにじんでいた。 「私、、東京に行ってからも時々、凪のこと思い出してたんだよ、、」 「いろいろと大変だったけどやっとこの街に帰ってこれた、、」 「凪は元気だった、、?」 凪の瞳からも涙がこぼれていた。 「凪、、私。凪が送ってくれる手紙ずっと読んでたんだよ、、」 「凪は優しいね、、」 子供たちの笑い声が遠くで聞こえていた。 「凪、、ただいま、、」 「また会えたね、、」 「萌、、萌ちゃん、、」 凪は萌に駆け寄り抱きしめた。 「おかえり、、萌、、」 散りゆく桜が二人を優しく包み込んでいた。 風に舞って桜の花びらが萌の髪に一つふわりと落ちた。 fin
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