バタフライ

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 凪はおばあちゃんっ子だった。 幼い頃に両親が離婚して母は凪を祖母に預けて懸命に働いた。 母は疲労とストレスで時々、凪につらく当たることもあった。 そんな凪に祖母は限りない愛情を注いでくれた。 凪は高校を卒業すると母を支えるためにこの街にやって来た。人と上手く接することが出来ない凪は職を転々とした。 やっと得た仕事が郵便局の仕事だった。 「母さん、、母さん、、」 凪はうなされていた。 やがて凪はゆっくりと目覚めた。 ぼんやりと目を開けた凪の視界に昨日、萌に借りた傘が部屋の片隅に立てかけられていた。 萌の笑顔が浮かんでは消えていた。 凪は顔を洗って水を飲んだ。 窓の外を見ると今日も雨が降っていた。 凪は雨男だ。出かける時には必ずと言っていいほど雨が降る。 凪は萌に借りたスウェットをクリーニングに出すために街に出た。 萌に借りた傘を差して商店街に向かった。 凪の家から1キロほど歩くとその商店街はあった。日曜日の午後は商店街にも活気があった。買い物かごを抱えて皆、思い思いのものを買っていた。 凪は裏通りにはいって一軒のクリーニング店を訪れた。 「あの。これクリーニングお願いします」 「ああ。凪くんいらっしゃい」 店主は優しい笑顔で凪に語りかけた。 郵便配達をしていた時、凪は時々この店にも配達に来ていた。 物腰の穏やかな店主で葛西のおじさんは凪には優しかった。 「仕事はうまくいってるかい?」 スウェットを受け取りながらおじさんは凪に聞いた。 「辞めました、、」 「そうかい、、次の仕事は見つかったのかい?」 「いや、、」 「落ち込まなくていいよ。まだ若いんだから、、」 「たまたま合わなかっただけだよ。そんなの序の口だよ。それで落ち込んでたらおじさんなんて、、」 言いかけておじさんは凪の顔を見た。 すると凪に優しく語りかけた。 「凪くん。おじいちゃん、おばあちゃんは好きかい?」 「はい、、」 すると笑顔で凪に一枚のチラシを差し出した。 「ここを訪ねてみるといいよ」 「アルバイトを募集してるみたいだから」 「まぁ、世の中なるようにしかならないからとりあえず何か行動することさ」 子どもを見るような優しい笑顔で凪に笑った。 「おじさん、ありがとう」 凪は笑みを見せてお辞儀をして店を出た。 ◇◇◇ 凪はその足でチラシにあった住所を尋ねた。 海沿いの小高い丘にその場所はあった。 緑の木々に包まれて茶色い小さな建物がひっそりと佇んでいた。 建物の前には木で出来た小さな看板が建てられていて「こもれび」と記されていた。 凪がゆっくりと近づくとひとりの老婆が庭の草花を見つめていた。 老婆は凪に気づくと手招きをして「こっちにおいで」という素振りをした。 老婆は朝顔を愛おしそうに眺めていた。 朝顔を見つめながら凪に語りかけた。 「朝顔だよ。愛情の花さ」 凪はしばらくその花を見つめていた。 小さな雨粒に濡れた朝顔は薄紫の可憐な花をつけて咲いていた。老婆の周りをアゲハ蝶が飛んでいた。 「あの、僕。ここで働かせてもらうために来ました、、」 老婆は思い腰を上げると手招きして凪を建物の中に招き入れた。 「由美さん、お客さんだよ」 老婆が呼ぶと奥からエプロンをつけた女性がパタパタとやってきた。 「凪くん?」 「はい」 「商店街の葛西さんから聞いてるわ。まあ、上がって!」 凪は少しホッとして応接室らしき所に案内された。 「ちょっと待ってて!」 すぐに戻ってくると凪の前に冷たい麦茶を置いた。 「暑かったでしょ。飲んでね」 凪の前に座るとうちわでパタパタと仰ぎながら噴き出る汗を拭いていた。 「緊張しなくていいよ。立花 由美です。ここの責任者です」 「葛西さんからお話は聞いてるわ」 「どうして。このお仕事しようと思ったの?」 「それは、、」 凪は言葉に詰まった。 「ただやってみたくて、、」 由美は優しい笑顔を浮かべていた。 「おばあちゃんはいるの?」 「はい」 「おばあちゃんは好き?」 「はい。母の代わりに僕を育ててくれました、、」 「そう、、いいわ。明日から来てね」 「まずは皆さんと触れ合うことから始めてもらうわね」 凪は久しぶりの笑顔を見せた。 その姿を見て由美も笑顔を浮かべていた。  翌日から凪は「こもれび」で働くことになった。掃除や洗濯に簡単な買い出しそれに雑用が凪の主な仕事だった。 とまどうこともあったが皆、優しい眼差しで凪を見守ってくれていた。 凪にとっておじいちゃん、おばあちゃんたちの話を聞くことは凪の心に徐々に変化をもたらしていった。  ホームからの帰り道、凪は商店街に寄った。夕日が傾いて商店街の街並みを優しく照らしていた。 「いらっしゃい。凪。がんばってるって立花さんから聞いたよ」 「本当に良かったな、、」 「おじさん、ありがとう」 「いや、どうってことないさ」 凪にスウェットを渡して笑顔を見せると「がんばれよ」そう言って凪の肩をポンとたたいた。 凪は心の中に温かいものが広がっていた。 父親に会えない凪にとってそれは何より嬉しい言葉だった。  凪は萌のおばあちゃんの家を尋ねた。ベルを押すと萌の祖母が出てきた。 「凪くんかい」 「はい。萌ちゃんに借りていたものを返しに来ました」 「そうかい、、あいにく萌は出かけてるよ」 「良いんです」 凪はそう言うと紙袋を萌の祖母に手渡した。 「それと、これ商店街で買ったコロッケとおはぎです。萌ちゃんと食べてください」 「わざわざすまないね、、」 「ありがとうございました」 「また来ますね、、」 凪は笑顔を見せるとお辞儀をして玄関の戸を静かに閉めた。空には虹がかかっていて凪は穏やかな気持ちになれた。
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