バタフライ

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バタフライ

 僕はずっと一人だ。それは今も変わっていない。いつから一人なのか何故そうなったのかは自分でも分からない。ただ心はいつも渇望し、何かを求めている。それが何なのかも今となっては分からなかった。 友崎 凪(ともさき なぎ)は明け方の空を一人見つめていた。 人は皆、孤独だ。その事実を認めるか認めないかでその後の人生が変わってくる。 僕は自分が一人なのを認めたくなかった。 いや、正確にはずっと前からそのことに気づいていた。 「さよなら」 「元気でね」 「大好きだったよ。凪くんの横顔」 あかりに言われたことを思い出す。 その言葉が今も僕の心の中で永遠にリピートされていた。 やがて空が朝焼けに染まるころ僕は新しい自分を生きようと決めていた。そう、友崎 凪は一度死んだのだ。 「友崎くん。ちょっと良いかな?」 凪はセンター長に呼ばれた。 「悪いんだけど今日でバイト終わりね。本当はこんなこと言いたくないけど君、ミスが多いから、、」 凪は何も言えなかった。 「今日も配達先間違えてお客さんからすごいクレーム来たから。僕が対応するの大変だったんだから、、」 「すいません。分かりました。お世話になりました」 「あ、制服そこに置いといて。それと今月分振り込んどくから。おつかれさま」 センター長はこちらに視線を送ることもなく凪に告げた。 凪はこの仕事が好きだった訳ではない。 それ以外に他に選択肢がなかった。 凪はロッカールームで着替えてバイト先の郵便局を後にした。 立ち去ろうとする凪に誰かが声をかけた。 「凪!」 そこにはバイト初日から面倒をみてくれた戸塚の姿があった。 「凪。今日までなんだってな、、」 「寂しくなるな、、」 「戸塚さん、ありがとうございました、、」 立ち去ろうとする凪の後ろ姿に戸塚が声をかけた。 「凪! お前はよくやってたぞ! また会おうな。約束だぞ!」 背中の後ろで戸塚が叫ぶ声が聞こえた。 凪は涙がこぼれそうになるのを必死に堪えて走り去ったー どれくらい走ったのか分からなかった。 交差点の信号が赤に変わり凪は足を止めた。 凪の頬には微かに涙の跡があった。 真夏の照りつける太陽の下で交差点の横断歩道が陽炎のようにユラユラと揺れていた。 薄れてゆく意識の中で遠くでセミの鳴き声が微かに聞こえていたー ◇◇◇ 「あれ、ここは、、」 凪が目を覚ますと眩しい光の中で電灯の光が微かに見えた。 「目覚めましたか?」 白衣の看護師が凪の側で点滴のチューブを外していた。 「ここは、、?」 「昨日、この病院に運ばれて来たんですよ」 「僕、倒れたんですか、、?」 「ストレスと疲れによる貧血ですから大丈夫ですよ」 「ゆっくり起き上がれますか?」 「はい」 「カーテン開けますね?」 「はい」 「いい天気ですよ」 「暑くないですか、、」 「いえ、大丈夫です」 「もうすぐ、お食事の時間ですからお持ちしますね」 「ありがとうございます」 「食べられるだけで大丈夫ですからね」 「ゆっくり食べてくださいね」 凪がぼんやりと病室のベッドから窓の外を見つめていると、やがて、朝食が運ばれてきた。 「ゆっくり召し上がってくださいね」 「明日には退院出来ますよ」 「ゆっくり散歩でもしてみて下さいね」 ニコリと笑い看護師は病室を出て行った。 凪は小さなパックのオレンジジュースをひとくち口に含んだ。 「美味しい、、」 食事を終えて凪は殺風景な病室の中を見渡した。ベッドの横の白い棚には本が数冊置いてあった。凪はその中の一冊の本を手に取った。その本は昔、凪が幾度となく読んだ小説だった。 不意に涙が溢れてきた。 凪はその小説をそっと棚に置いてはじめて人の温もりに触れた気がしていた。 翌日、凪は退院前に病院の中を歩いた。 中庭には緑の樹々が茂っていて命の鼓動を刻んでいた。 ナースステーションではナースコールが鳴っていて看護師たちがテキパキと対応していた。病院の廊下は綺麗に磨かれていて日光の光が微かに反射していた。 凪が窓の外の景色に見とれていると肩に何かが当たった。 「ドン!」 「痛てっ!」 凪が驚いて振り返ると一人の女性が笑っていた。 「おはよう! 目が覚めた?」 「全くビックリしたんだから。いきなり信号の前で倒れるんだもん」 「誰なの?」 「ちょっと! 私が救急車呼んであげたの!」 「大変だったんだから、、お礼くらい言ってよね!」 「あ、ありがとう、、」 「それじゃ足りないけど、まっ良いか」 「心配で見に来たんだ、、」 「元気そうで安心したよ」 「ありがとう」 「助けてくれてありがとう」 凪は心からの言葉を伝えた。 「いいよ。気にしないでね。それじゃ私、行くとこあるから。またね!」 それだけ言うと何事もなかったかのように凪の前から姿を消したー 凪は不思議な気持ちだったが素直に嬉しかった。 翌日、凪は病院スタッフに見送られて退院した。凪にはこの数日の出来事がとても長い時間のように感じられていた。
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