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「しまったああああああ!」
ヒロシが突然叫び、俺は思わずするつもりのなかったタップをしてしまう。案の定、画面の中では、十分な準備もせずに無謀な戦闘を挑んだ自キャラが、強すぎる敵に次々蹂躙されていく。俺は舌打ちをして顔を上げた。
「なんだよいきなり。びっくりするだろ」
「生誕祭の限定グッズ申し込み、昨日までだったんだよお!」
泣きそうな声で言うヒロシ。
「ああ、例の、ヴァイオリンヴァイオハザード?」
「ヴァイオレット・ヴァイオレンス。いい加減覚えろよ」
「なんで早く申し込まなかったの」
「金欠で……ちょうどカードの締め日が申し込み締め切りの二日前だったから、ギリギリで申し込もうと思って忘れてた……」
「リマインダーくらいセットしとけよな」
俺は言って、自ギャラが全滅したゲーム画面を一旦閉じる。
「まあ気い落とすなよ。その、ヴァイヴァイ?の誰だかもわかってくれるよ」
「まゆかたんだよ……よりも寄って推しメンの生誕グッズ……現場行けねえだけでも申し訳ねえのに」
気持ちはわかる。
俺たちヲタクには、こんな時謎の罪悪感が生じることがある。推していることを常に行動や課金で表現しないと、推しに対してひどい不義理をしているような気持ちになってしまうのだ。
「まあ、推しは推せる時に推さねえとな、次は気をつけようぜ」
「今年の生誕祭は一回しかないのに……」
なおも落ち込むヒロシ。俺はため息をつく。
俺の誕生日も、今日だけなんだよなあ……
口には出さない言葉が、大気の中に消えていった。
「限定グッズの買い忘れ」:取り返しがつかないこと
「近くの友より遠くの推し」:周囲が見えないほど何かに夢中になること
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