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そりゃあ言ったよ、無人島に一つだけ持って行くならこいつだ、って。
だからってさ、神様。なにも、ほんとにこいつだけ持たせて放り出すことはないじゃあないか。
楽しいはずの船旅で、嵐にあって放り出され、気がついたら見知らぬ島の海岸。どんな潮流のイタズラか、船の残骸も他の乗客も、俺自身のものはもとより旅の荷物めいたものの一つすら全く見つからない中、たった一つだけあったのが、ペットのミドリガメ、「カメノ」を入れたプラスチックケース。
ちょうど一年ほど前、音声配信アプリ「ラジオトーク」で、「無人島に一つだけ持っていくなら何?」というテーマで話したことが思い出される。ああでもない、こうでもないと話を引き回した挙句「ペットのカメを持っていく」という結論を出したのは、まあ半分は冗談だったのだけれども、残りの半分は、疫病蔓延に伴う自宅出勤が続き、ほとんど人に会うこともない生活をする中、実際カメノへの愛着が高まっていたからでもあった。
だけどさ、そんなのは実際に起こるわけじゃないと分かった上で話す、一種の遊びだろ? 第一真剣に考えたら、どんなに便利なものだって、たかが道具一つで生存確率が大きく上がることなんてないとわかりそうなもんだ。
とはいえ、ペットのカメに比べたら、ライター一つ、ナイフ一丁、釣り竿一本でもあれば、どんなに良かっただろうと思わざるを得ない。もしこの現状があの時の自分の答えを反映したものであるのだとしたら、もうちょっと真剣に答えておくべきだったのかもしれない。
「しっかしよく無事に流れ着いたよなお前」
俺はケースの中でもぞもぞ動くカメノを見て、俺はため息をつく。
役立たずとはいえぞんざいに扱う気にもなれない。
今後空腹に耐えきれなくなったら食うことを考え始めるかもしれないが、今のところそんな切羽詰まった欲求もない。というのも、目が覚めた時、少し離れたところになっていたらしいバナナが、傍においてあったからだ。
そういえば……
俺は打ち捨てた皮を眺めて、思った。
このバナナ、なんですぐ近くに置いてあったんだろう。
夜。島の中央にある林の中から、一つの人影が現れた。手にはバナナやマンゴーなどの果実をいっぱいに抱えている。
影は眠る男に近づき、その傍に蔓のついた果実の山をそっと置いた。
「嬉しかったんだよ。僕を選んでくれて。だから、君のことは、僕が守る」
影は呟くと、煙のように姿を消した。
プラスチックのケースの中で、ミドリガメが、ごそりと音を立てた。
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