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今度は幻聴だ。思い起こされた記憶が伊鈴の頭に回る。男に声をかけられる前、ごみが降ってくる直前、聞こえた気がする声は何だったのだろう。この雪か、ごみか、それとも。
とん、と指先に柔らかな感触が揺れた。
あった。
考えるより先に伊鈴はそれを掴んだ。掲げると、見慣れた犬は見慣れた通りに汚れて、チェーンは切れかかっている。
伊鈴はほっと息を吐いた。たった数日の空白のはずなのに、何年も先で再会したような気分だった。喉に空気が通って、夜が肺を満たしていく。
「見つかった?」
顔を上げると、色々と担いだ男が伊鈴を見下ろしていた。はい、と伊鈴が立ち上がると、いつのまにかあちこちに人が増えていた。二人がかりで台車に大物を積み込んでいる人、伊鈴の前に立つ男と同じように小さいものを拾う人。
「良かったね、自分で見つけられて」
男は伊鈴の視線を追った。
「誰かに拾われちゃったらやり直せないからさ」
それはどういう。意味を問う前に、男は伊鈴の握った手に顔を近づける。犬の頬をそっと指で撫でると、ちゃんと捨ててもらいなね、と小さく笑った。
「さあ、帰ろうか」
同じ笑顔を向けられて頷いてしまった伊鈴は、出て来た玄関の方を向かされた。ばいばい、と軽い声がして背中を押される。
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