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二歩、三歩、四歩。足裏の感覚が重いものに変わる。砕けるそれから踏みつけるそれへ。むぎゅ、と潰れた雪が伝わって、玄関の段差まで勢いでたどり着いた伊鈴ははっと振り返った。
雪が降っている。
ちらちらと降る小さなそれを手で受けると、一瞬の冷たさが走ってすぐに消えた。まごうことなき雪。薄っすらと景色を染める白に、伊鈴が軒先から歩いた跡はない。
夢か、と伊鈴は手の中に話しかけてみたが、犬は縫いつけられた真っ黒な目で伊鈴を見上げるだけ。静寂の夜に、もう音は聞こえなかった。
まだ働かない頭のまま、伊鈴はあくびをかみ殺して階下へ向かう。鞄を肩にかけてセーラー服のリボンを結びながらリビングに入ると、母親が弁当を包んでいた手を止めた。
「それ、あったの?」
「あー、うん、机の下に」
ごみ箱から移す時に落ちたんじゃないかな、と伊鈴はそれらしいストーリーでお茶を濁した。あのあとどうしようかと迷った伊鈴によって鞄のポケットに突っ込まれた犬に、母親は「良かったわね」と言いながらも首を傾げた。
「じゃあお母さんもう出るから。おかずは冷めたら詰めて」
「ありがと。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
ばたばたと出ていった母親を見送り、伊鈴はご飯と味噌汁をよそって一人食卓についた。テレビからは朝のニュースが流れている。
「そうですね――……」
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