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そのうち捨てようとは思っていたからいいんだけど、と伊鈴はその時思った。だけど、ないがしろにしてしまった気がしてどこか後ろめたい。握った消しゴムがむぎゅと摩擦する。消してはだめだったと教師の方針を思い出した伊鈴は、間違った箇所に二重線を引いてやり直しを始めた。その時だった。
どこかで軽やかな、細やかな音がした。
細いウィンドチャイムを鳴らしたような、死んでしまったサンゴをこすり合わせたような、ネックレスのチェーンを落としたような。まるで幾重にも垂れ下がるレースカーテンの向こうで鳴った小さな音だった。
伊鈴は部屋の中を見回したが、そんな音を立てるものはない。気のせいだったろうかとシャーペンを持ち直すと、また音が聞こえた。
どこから?
伊鈴の目がノートの余白に置かれる。耳に集中した意識は水たまりにできる波紋のように、伊鈴を中心として外へ広がっていく。
――聞こえた。
立ち上がった伊鈴に間に合わなかった椅子のキャスターが、タイルカーペットを滑らずガチャンとわめく。伊鈴は構わず窓に近づいて、そっとカーテンの合わせをめくった。
夜は見えるからという母親の言葉を思い出して、ガラスとカーテンとの間に身体を滑り込ませる。冷えた空気が肌にひたりと貼りついて、伊鈴は思わず首をすくませた。
雪が降っている。
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