分別は正しく

3/14
前へ
/14ページ
次へ
 牡丹雪。白い綿が上から下へ、ゆっくりと落ちていく。闇は白かったのかと勘違いしそうになるほど、たくさんの雪が降っていた。  やっぱり音がする。  伊鈴は身を乗り出した。吐いた息がガラスを曇らせる。窓についた手から温度が奪われていく。  雪が降る夜は昔から静かだった。あの白が全てを吸い込んでしまうのだと伊鈴は思っていた。けれど今一枚の透明を隔てた向こう側で、小さな音が確かに聞こえる。雪が屋根に、木に、地面に落ちる度、落ちた雪の上にまた積もる度、その小さな音が鳴る。  雪――じゃない?  まさか、と思いながらも伊鈴は目が離せない。宿題の残りは解きかけの一問だけ。小テストの勉強は朝の電車でやればいい。少しくらい、いいだろう。  伊鈴はコートを羽織ってこっそり部屋のドアを開けた。  音を立てないように階段を下りて、靴箱からスニーカーを出す。細心の注意を払って玄関を開けると、外の空気に滑り込んだ。  肺の奥、身体の真ん中から冷えていく感覚。伊鈴は深呼吸をして、玄関の段差から白の上に靴底を下ろした。  しゃり、ともしゃく、ともつかない音が鳴る。ゴムから物が崩れる感触が伝わる。  他に誰もいない。風の声もない。静かな静かな白い闇に、その音だけが伊鈴の耳に届いた。二歩、三歩、伊鈴は足を進める。家から前の道に出たところでふと、雪が顔を滑ったことに気がついた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加