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牡丹雪。白い綿が上から下へ、ゆっくりと落ちていく。闇は白かったのかと勘違いしそうになるほど、たくさんの雪が降っていた。
やっぱり音がする。
伊鈴は身を乗り出した。吐いた息がガラスを曇らせる。窓についた手から温度が奪われていく。
雪が降る夜は昔から静かだった。あの白が全てを吸い込んでしまうのだと伊鈴は思っていた。けれど今一枚の透明を隔てた向こう側で、小さな音が確かに聞こえる。雪が屋根に、木に、地面に落ちる度、落ちた雪の上にまた積もる度、その小さな音が鳴る。
雪――じゃない?
まさか、と思いながらも伊鈴は目が離せない。宿題の残りは解きかけの一問だけ。小テストの勉強は朝の電車でやればいい。少しくらい、いいだろう。
伊鈴はコートを羽織ってこっそり部屋のドアを開けた。
音を立てないように階段を下りて、靴箱からスニーカーを出す。細心の注意を払って玄関を開けると、外の空気に滑り込んだ。
肺の奥、身体の真ん中から冷えていく感覚。伊鈴は深呼吸をして、玄関の段差から白の上に靴底を下ろした。
しゃり、ともしゃく、ともつかない音が鳴る。ゴムから物が崩れる感触が伝わる。
他に誰もいない。風の声もない。静かな静かな白い闇に、その音だけが伊鈴の耳に届いた。二歩、三歩、伊鈴は足を進める。家から前の道に出たところでふと、雪が顔を滑ったことに気がついた。
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