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一瞬の冷たさで頬をなぞったそれは、顎まで転がるようにして下へと落ちた。
――落ちた?
伊鈴は足元に目を向けた。白さはスニーカーの甲をとっくに越えた高さにある。部屋からでは降り始めに思えたが、見回すと木の上には十センチ以上積もっていた。
仰いだ格好になった伊鈴の頬を、雪は変わらず滑っていく。指先で触れても皮膚は乾いたまま。手の平を受け皿にすると、大きな綿がひとつ、着地した。
冷たく、白い透明のまま動かない雪。
指先で触れると、ほどけた白はたくさんの結晶になった。もみの木が伸びたような六角形、梅の華のような六角形、ひいらぎの葉が生えたような六角形。六角形そのものから様々な装飾をつけたものまで、伊鈴の手のひらには雪の結晶が散らばっている。
百種以上あると聞いたことがあるが、気温や湿度に左右される形がこれほど様々降るものだろうか。伊鈴はしゃがみこんで、地面の白にも目を凝らす。掬い上げると部屋で聞いたのと似た音がして、手のひらに結晶が積み上がる。
溶けない雪は、雪と呼ぶのだろうか。
聞いたことがない、と手のひらをかたむけて落とした雪は、また軽やかな音で鳴いた。
――悲しい。痛い。苦しい。辛い。
伊鈴はばっと立ち上がった。空耳か、でも。後ずさったスニーカーで雪が壊れる音がする。
どん、どん、どん。
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